銅酸化物高温超伝導体の超伝導機構解明を目的として、クーパー対を光パルスで壊してこれが再形成する過程を時間分解角度分解光電子分光法(TrARPES)で調べた。Bi2212の超伝導ギャップ、擬ギャップ、準粒子分散やこれに現れるキンク構造の過渡変化をモニターしたところ、以下の結果を得た。(1)ポンプ強度を大きくすると、これに比例して電子系が熱くなるわけではなく、むしろ準粒子励起の寿命の逆数に対応するMDC幅が増大する。電子系の最高到達温度はTc ~ 90 Kで頭打ちとなる。(2)MDC幅の増大はキンク構造より低励起エネルギー側でのみおきる。スペクトル強度もキンクより低励起エネルギー側でのみ過渡変化する。(3)スペクトル強度の移動に伴い、フェルミアークが発達するように観測され、ノード近傍の超伝導ギャップが埋る。スペクトル強度はエネルギー運動量空間を積分すると±2%の精度で保存する。以上は、キンクに関わるボゾンモードとの散乱が増大する結果として、ノード近傍のクーパー対破壊がおきるとして理解できる。これは、超伝導ギャップがTcにおいて閉じるというBCS機構とは異なる。 一方、TrARPESにおいて“スペクトル強度が保存しない”という事例があり、この原因を先立って解明する必要があった。トポロジカル絶縁体CuxBi2Se3のTrARPESから、光電子の出易さが過渡的に変化するメカニズムが存在することを明らかにした。これは表面の誘電応答を介した光電子放出に由来し、表面分極がよく発達して仕事関数が小さく、価電子プラズモンエネルギー(通常10-30 eV)以下の光をプローブとする場合に顕著となる。表面Rashba系では表面分極がよく発達しており、この現象が観測される。Bi2212には特別な表面状態はなく、TrARPESは非平衡状態からの励起スペクトルを反映していると考えてよいことがわかった。
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