本研究は、基底状態の異なる籠目格子反強磁性体の混晶を作成することにより、基底状態とそのスピンダイナミクスの制御を目的としたものである。主に研究の対象としている物質は組成がそれぞれA2Cu3SnF12 (A = Cs & Rb) という2種類の物質である。A=Csの物質は、低温でスピンが秩序化する磁気的な基底状態を持ち、A=Rbの物質では、隣接相互作用の不均衡により、非磁性なpinwheel VBS状態と呼ばれる基底状態を持つ。両者の差は、主に格子歪みの程度の差によって生じているものであるため、混晶系の混合比を調整することで両者の基底状態が入れ替わる量子臨界点に近い物質が実現できると期待される。 昨年度に、量子臨界点に近いと思われる混合比の物質について単結晶の育成に成功したので、磁気励起の測定を行ったが、混晶系特有のランダムネス効果により十分な強度で磁気励起を観測できなかった。今年度は、引き続き両者の混晶系を様々な組成比で合成し、磁気測定を行ってきたが、使用している試薬の問題から大型単結晶の育成は遅れを生じてしまった。この混晶系についての磁気励起の実験は、平成25年度に両エンドメンバーに近い混晶について測定を開始する予定である。 並行して行っているA=Csの物質についてのスピン波励起の測定からは、磁気測定等から分かっている隣接スピン間の相互作用に比べて、異常に分散関係の振幅が小さくなっていることが分かった。これは、フラストレーションのある量子スピン系に特徴的な、大きな量子再規格化現象であると考えられる。現在、より高分解能での磁気励起測定を進めて、分散関係の詳細を調べるとともに、低温での格子歪みを反映したスピン波のモード計算を進めている。
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