研究課題/領域番号 |
23740267
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
田畑 吉計 京都大学, 工学(系)研究科(研究院), 准教授 (00343244)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 幾何学的フラストレーション / 量子臨界現象 / x線磁気円二色性 / 熱膨張・磁歪 / 磁気体積効果 |
研究概要 |
本課題の目的は、新しいタイプのフラストレート格子を持つηカーバイド化合物の中性子散乱による研究であった。しかし、平成23年度は東日本大震災の影響で、日本の二大中性子散乱施設JRR-3とJ-Parcがほとんど稼働しなかったため、高輝度放射光施設(SPring-8)でのX線磁気円二色性(XMCD)実験と、ラボでの熱膨張・磁歪測定を中心に研究を行った。前者としては、強磁性量子臨界現象を示すηカーバイド化合物Fe3Mo3NのCo置換系の強磁性が、Co不純物の磁気モーメント由来ではなく、試料全体に広がったFeとCoのd電子バンドの磁気偏極に由来するものであることを、軟X線MCD実験(BL27SU@SPring-8)でFeとCoの両吸収端エネルギーにおけるMCDシグナルの測定から明らかにした。後者としては、まず前述のFe3Mo3Nの熱膨張・磁歪測定を行い、Fe3Mo3NのH=14Tのメタ磁性転移での大きな磁歪を観測し、そのメタ磁性が強磁性寸前の遍歴電子系特有のメタ磁性として理解できることを、磁化と磁歪の結合定数(磁気体積結合定数)の大きさから明らかにした。さらに、20K付近に謎の相転移が存在するFe6W6Cの熱膨張・磁歪測定を行い、その相転移と基底状態の正体を明らかにすることを試みた。その結果、20K付近に熱膨張そのものには異常は見られないものの、磁気体積結合定数に明らかな異常が見つかり、磁気体積効果が顕著に小さくなり零に漸近していくことが明らかとなった。これらは、基底状態として非常に秩序モーメントの小さいスピン密度波(SDW)状態を考えるとうまく説明できる。また、150K以下では熱膨張係数が非常に小さくなることを見いだした。このことは、転移温度の10倍程度の高温から磁気ゆらぎが発達しており、SDW状態の微小モーメントの起源がフラストレーションであることを示唆している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
東日本大震災の影響により、中性子散乱実験は国内では行えず、その方面の研究は完全にストップしている。一方、その状況を踏まえて平成23年度に精力的に進めた、放射光施設でのXMCD実験とラボでの熱膨張・磁歪測定による研究は予想以上の進展を見せた。特に、「研究実績の概要」でも述べたFe6W6Cの熱膨張・磁歪測定の結果は、非常に興味深い。比熱や電気抵抗では捉えることの出来なかった20Kの相転移を、磁気体積結合定数の温度依存性で明確に捉えられたのは大きな進展であり、その基底状態が、比熱や電気抵抗、熱膨張では捉えることが難しいほど微小な磁気モーメント(おそらく0.01muB程度)のSDWであることを示唆する重要な結果である。また、熱膨張係数が150K付近から顕著に小さくなるのは、強い磁気ゆらぎが転移温度のはるか高温から発達していることを示唆しており、この物質におけるフラストレーション効果をの発現として非常に興味深い。これらの結果は、粉末中性子回折およびmuSR実験による微小モーメントSDW秩序の実験的検証、中性子非弾性散乱実験による強い磁気ゆらぎの観測、を平成24年度以降に行うことでさらに発展させることができる(いずれの実験もJRR-3およびRIKEN-RALミュオン施設の平成24年度課題として採択されており、24年度内に実施予定である)。以上の結果は、中性子散乱実験が実施不可能であったマイナス点を十分相殺するものであり、研究全体としては「おおむね順調に進展している」と看做せる。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、平成23年度に得られた結果も踏まえて、当初の計画にあった新奇遍歴電子フラストレート磁性体ηカーバイド化合物の研究を進めていく。具体的には、(1) 強磁性量子臨界現象を示すFe3Mo3Nの中性子非弾性散乱実験による動的スピン相関の観測を行い、孤立スピン分子的相関など幾何学的フラストレーション効果の有無を調べる、(2) 弱い強磁性を示すFe3Mo3NのCo置換系の量子臨界現象を熱膨張・磁歪測定により研究する、(3) Fe3Mo3NのCo置換系の弱い強磁性状態の磁気構造を粉末中性子回折実験により決定(単純な強磁性なのか反強磁性構造を内包したフェリ磁性なのかを決定)する、(4) Fe3Mo3NのCo置換系の弱い強磁性を静水圧印加により抑制し、圧力による強磁性量子臨界現象を調べる、(5) Fe6W6Cの未知の基底状態をmuSR実験と粉末中性子回折実験により明らかにする、(6) 熱膨張測定により示唆されたFe6W6Cのフラストレーション起源の強い磁気ゆらぎを中性子非弾性散乱実験により観測し、そのフラストレーション効果を明らかにする、などである。平成24年度もJRR-3の稼働は秋以降にまでずれ込んでおり、少なくともそれまでに中性子散乱実験を行うのは困難である。そのため、今後のロードマップとしては、(2)、(5)(のmuSR実験)、をまず優先して行う。muSR実験はRIKEN-RALミュオン施設課題として、平成24年6月に実施予定である。また、(4)は(2)の結果を踏まえて24年度の後半以降から、(1)、(3)、(5)、(6)の中性子散乱実験は秋以降のJRR-3の再稼働を待って進めていく。但し、JRR-3の再稼働状況によっては海外の施設での実験を平成24年度後半以降に申請していく予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
JRR-3の再稼働が秋以降にずれ込んでいることを踏まえて、平成24年度前半にはラボでの熱膨張・磁歪測定、また英国RIKEN-RALミュオン施設でのmuSR実験を行う。そのための測定セルの材料・制作費および低温寒剤費を消耗品費として使用する。また、RIKEN-RALでの実験のための出張旅費等は理研より支給されるため本課題からの支出はないが、予備実験(試料の物性確認等々)等を行う必要があり、そのための低温寒剤費等を消耗品費として使用する。年度後半には、JRR-3の再稼働を前提に、中性子散乱実験を精力的に行う予定であり、実験で使用する低温寒剤等の消耗品費を使用するとともに、旅費の一部を本科研費より出す予定である。また、年度後半からは、圧力実験のための準備を行う。そのための圧力セルや予備実験で使用する低温寒剤等の消耗品のための費用を使用する。平成24年度全体を通して、実験に使用する試料の作製を行う。そのための材料費を消耗品費として使用する。
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