研究課題/領域番号 |
23740267
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
田畑 吉計 京都大学, 工学(系)研究科(研究院), 准教授 (00343244)
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キーワード | 幾何学的フラストレーション / クラスターグラス / 超常磁性 / muSR |
研究概要 |
本課題の目的は、新しいタイプのフラストレート格子を持つηカーバイド化合物の中性子散乱による研究であったが、平成23年に起こった東日本大震災の影響で平成24年度も十分な実験が出来なかった。この状況を踏まえ、24年度は特にmuSR実験を中心に研究を行った。その結果、非常に奇妙な磁気的振舞を示す(30K付近に磁気転移を予想させる異常を磁化率や磁歪・熱膨張には示すものの、比熱には全く異常を示さない。また、熱膨張には高温の150K付近にも異常があるが、そこでは他の物理量の異常は全く見えない)Fe6W6Cの基底状態や磁性に関して、はっきりとした結果を得た。イギリスのラザフォードアップルトン研究所にある理研RALミュオン施設で行った実験により、150Kと30KでFe6W6Cは2段階のスピン凍結現象(クラスター超常磁性およびクラスターグラス)を示すことをはっきりと確かめた。また、Fe6W6Cの結晶構造を考慮に入れた考察から、この2段階のスピン凍結は、16dパイロクロア格子中に32e正四面体クラスターが組み込まれたηカーバイド特有の現象であることを解明した。即ち、150Kでまず32e正四面体クラスター中のFeスピンが強磁性クラスターを形成し、そのスピンクラスターが熱的にゆっくりと揺らいだクラスター超常磁性が現れ、30Kではその32eスピンクラスターが16dパイロクロア格子上のFeスピンを介して凍結する(クラスターグラス)事が分かった。これは、新しいタイプのフラストレート格子であるηカーバイド格子が示す、新規フラストレート現象であると言える。また、低温のクラスターグラス状態からのみ磁場によるメタ磁性転移を示すことを見いだし、これはFeの3d電子の遍歴性に起因する現象、即ち、遍歴電子フラストレート磁性体の特徴であることを示している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成23年に起こった東日本大震災の影響で日本の二大中性子散乱施設JRR-3とJ-Parcは甚大な被害を被り、特にJRR-3は政治的な問題(原発再稼働の是非問題)から現在も稼働しておらず、平成24年度も十分な実験が出来なかった。その結果、日本における中性子散乱実験環境は以前に比べ格段に悪くなっており、その方面における進展は不十分である。我々はその状況を踏まえ、平成24年度は、中性子散乱と相補的であり、弱い磁性を見る上ではより感度の良い実験手法であるmuSR実験をイギリスのラザフォードアップルトン研究所の理研RALミュオン施設で行い、Fe6W6Cの磁気的基底状態や磁気転移についてはっきりとした結果を得た。詳細は「研究実績の概要」の項に書いてあるが、Fe6W6Cの磁気転移は典型的なフラストレート格子であるパイロクロア格子中に正四面体クラスターが組み込まれるというηカーバイド格子の特徴が遺憾なく発揮された現象であり、この24年度の成果は新しいタイプのフラストレート格子であるηカーバイド化合物における新規現象の発見・解明という本課題の目的達成を大きく進展させるものである。以上の理由により、本課題の研究目的は「おおむね順調に進展している」と判断している。
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今後の研究の推進方策 |
24年度のmuSR実験により、Fe6W6Cの磁気転移、磁気的基底状態について非常にクリアな描像を得た。しかし、中性子散乱によるスピン相関の直接観測を欠くわけにはいかない。25年度こそは、Fe6W6Cの磁性解明のための中性子散乱実験を行う。JRR-3における平成25年度課題として既に実験は採択されているが、今年度もJRR-3の稼働の見通しは暗く、J-Parcにおける実験を計画している。また、フラストレーションによって"強磁性"が不安定化するという他にはない特徴を示す物質としてかねてより注目していたηカーバイド化合物Fe3Mo3NおよびそのCo置換系(Fe1-xCox)3Mo3NのmuSR実験および中性子散乱実験を行い、スピンゆらぎからηカーバイド化合物におけるフラストレーションを研究する。Fe3Mo3Nの中性子散乱実験もJRR-3における平成25年度課題として採択されているが、こちらも先行き不透明であるので、J-Parcにおける実験も計画している。また、最近多くの量子臨界物質で議論されているWiedemann-Franz則の破れを見るために、Fe3Mo3NおよびそのCo置換系(Fe1-xCox)3Mo3Nの電気抵抗・熱伝導測定をラボにて行う。Wiedemann-Franz則の破れは、磁気的量子臨界点において伝導電子フェルミ面の不安定化も同時に起こっているかどうかを見る上で非常に良いプローブとなり、フラストレーション起源の強磁性量子相転移で何が起こっているかを知る上で非常に興味深い。
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次年度の研究費の使用計画 |
今年度前半は、ラボにおける、Fe3Mo3NおよびそのCo置換系(Fe1-xCox)3Mo3Nの電気抵抗・熱伝導測定によるWiedemann-Franz則の破れの検証実験、を中心に行う。 また、今年度後半は、J-ParcにおけるFe6W6C, Fe3Mo3NおよびそのCo置換系(Fe1-xCox)3Mo3Nの中性子散乱実験を行う。先行きは不透明であるが、JRR-3が再稼働すれば、JRR-3における実験も行う。さらに、イギリスのラザフォードアップルトン研究所におけるFe3Mo3NおよびそのCo置換系(Fe1-xCox)3Mo3NのmuSR実験も行う。 以上の実験計画を踏まえ、年度前半ではラボにおける実験で使用する消耗品費(試料原料、液体ヘリウム等の寒剤、etc.)を使用する。後半では、茨城県東海村やイギリスへの旅費を中心に使用する。
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