本課題の目的は、新しいタイプのフラストレート格子を持つηカーバイド化合物の中性子散乱による研究であったが、東日本大震災の影響で平成25年度も十分な実験を行うことができなかった。この状況を踏まえ、中性子散乱同様、ミクロに磁気秩序の有無や磁気ダイナミクスを観測できるmuSR実験、および熱伝導率などのマクロ測定を中心に実験を行った。その結果、これまで磁気秩序を示さず、量子臨界現象を示す物質と思われたFe3Mo3Nで、磁気クラスターグラス的振舞が見られることを発見した。 Fe3Mo3Nは、磁性原子であるFeが新しいフラストレート格子である星型四面体格子を形成する、ηカーバイド化合物の代表物質で、元素置換や外場の印加無しに量子臨界現象を示す、興味深い物質である。我々は、この量子臨界現象は、"強磁性秩序"がフラストレーションによって無理矢理抑えられた結果である、と考えており、Fe3Mo3Nにおけるフラストレーションの存在を実験的に明らかにしようと、低磁場での磁化測定とmuSR実験(@RIKEN-RAL)を行った。低磁場磁化率には、70K付近から磁場中冷却と零磁場冷却で分岐が観測された。また、muSR実験では、対応する温度でミュオン緩和率に変化が見られた。これらの結果は、Fe3Mo3Nにおいてグラス様のスピン凍結が起こっていることを示している。Fe3Mo3Nの様な、露なランダムネスの無い系でグラス様スピン凍結が起こるのは、相互作用の強い競合、即ち磁気フラストレーションが存在する良い証拠である。また、同様の温度で、電気抵抗には見られない異常が熱伝導率には観測されており、このスピン凍結が格子との結合によって起こっていることを示唆している。この結果は、星型四面体に内蔵されたFe四面体がスピンクラスターを作り、そのスピンクラスターがグラス様に凍結したクラスターグラスが実現している事を示している。
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