研究課題/領域番号 |
23740277
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研究機関 | 東京理科大学 |
研究代表者 |
中島 多朗 東京理科大学, 理学部, 助教 (30579785)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | 強相関系 / スピンフラストレーション / マルチフェロイック |
研究概要 |
本研究は磁気的にフラストレートした磁性体CuFeO2が示す多彩な磁気秩序及びそれに付随する強誘電性を、一軸圧力を用いてコントロールする事を目的としている。本研究を申請したH22年度から、実際に研究がスタートするH23年度初めまでの間に、我々はすでに第一の目標である「一軸圧力による系の磁気ドメインの再配列効果を通じた電気分極の制御」を既に実現した。これはこの磁性Feサイトに非磁性Ga3+イオンをドープしたCuFe1-xGaxO2(x=0.035)において、低温で結晶構造の対称性を反映した3つの磁気ドメインができ、それぞれのドメインの中においてらせん型の磁気秩序とそれに随伴した強誘電分極、さらには異方的な格子歪みが結合した奇異な秩序状態が実現することを明らかにした上で、その格子歪みに直接作用する「一軸圧力」を用いてその3つのドメインの存在比率を制御し、それを通して系全体の電気分極の大きさを制御する事に成功し、論文[Phys. Rev. B 83 220101(2011)]として発表した。これは言わばスピン・格子結合を媒介として圧力と電気分極が結びつく「磁気ピエゾ効果」とでも位置づけられる現象であり、本研究はその最初の実験例を示したと言える。H23年度の研究において我々は、この一軸圧力による磁気ドメインの再配列効果を利用して、CuFeO2の磁気的単ドメイン状態を実現し、それを用いた中性子非弾性散乱実験及びその解析からこの系のハミルトニアンを決定した。この成果は論文[Phys. Rev. B 84 184401(2011)]として発表している。これはこの系においてなぜスピン・格子・電気分極の自由度が結合したマルチフェロイック状態が実現するかという根本的な疑問に微視的な視点から迫る第一歩となるもので、現在進行中のH24年度の研究とあわせて新たな成果が得られる事が期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
先に述べたように、本研究では最初の目的として位置づけていた「CuFeO2における一軸圧力による系の磁気ドメインの再配列効果を通じた電気分極の制御」を既に実現し、論文として発表した。さらにこの物質においてなぜマルチフェロイック相が現れるのかという点に迫るべく、この系の基底状態のハミルトニアンを一軸圧力中での中性子非弾性散乱実験から決定し論文として発表することもできた。このようにある程度の成果が出ており、多くの新しい知見が得られている事から本研究は概ね順調に進んでいると言える。また、2011年3月の大震災の影響で本研究における研究手段の中核として位置づけられる中性子散乱実験を行う東海村の研究用原子炉JRR-3が使用できなかったため、上記の成果は震災前までの中性子散乱実験の結果の解析と今年度新たに研究室で行った電気分極測定、及びH23年度から始めたコンピューターによる数値計算によって得られたものである。また、震災の影響が残る中でも、東大物性研とアメリカオークリッジ国立研による緊急の課題転送プログラムに応募する事で、H23年8月にはオークリッジでマルチフェロイック相を基底状態として持つCuFe1-xGaxO2(x=0.035)試料の一軸圧力中での中性子非弾性散乱実験を行う事ができた。現在海外の共同研究者であるJ. T. Haraldsen氏、R. S. Fishman氏との共同研究により理論的解析が進行中であり、これによりこの系の微視的な理解がさらに深まる事が期待でき、またこの結果を論文として発表する準備も進んでいる状況である。
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今後の研究の推進方策 |
H24年度はこれまでに得られた成果をふまえて、CuFeO2の一軸圧力によるドメイン再整列が起こっている際に、ミクロな電気分極の方向と対応している磁気カイラルドメイン(右巻き/左巻きらせん型磁気秩序を持つ分域)の分布が保存されているかを確かめるべく、一軸圧力下での偏極中性子回折実験を行う事を考えている。しかしながらこの実験は前述のJRR-3で行う計画であるものの、現時点では震災の影響によりJRR-3の再稼働の見通しが立っていないため、国内での中性子散乱実験以外の方法で本研究を進める手段を考える必要がある。その手段の一つは海外の中性子散乱実験施設における実験であり、現在ドイツHelmholtz ceter berlin、イギリスISISなどの実験施設での実験を計画している。また、中性子以外の実験手段として偏光顕微鏡を用いたドメイン分布の実空間観察も現在検討している。マルチフェロイック物質のドメイン構造を偏光顕微鏡により観察する手法はすでに国内のいくつかの研究グループによって実現されているが、今回我々はそれに一軸圧力を加える事でドメインの分布がどのように変化するかを直接観測する事を目指す。また、今回CuFeO2において確立された「磁気ピエゾ効果」と呼ぶべき現象を他の物質でも検証するために、類似物質のCuCrO2の単結晶育成にも現在取り組んでいる。CuFeO2とCuCrO2は結晶構造がほぼ同じであり、らせん型の磁気秩序に伴いらせん軸平行方向に電気分極が生じるなどの類似点が多いが、磁気秩序形成に伴う格子歪みの方向が異なり、CuFeO2ではらせん軸方向に格子が伸びるのに対してCuCrO2では格子が縮む。よってCuFeO2とは異なった新たな一軸圧力応答が観測されることが予想されるため、この「磁気ピエゾ効果」検証の舞台として適切であると考えている。
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次年度の研究費の使用計画 |
H24年度の直接経費の内定額は160万円であるが、そのうち海外での中性子散乱実験のための旅費を40万円とした。これは前述のドイツHelmholtz ceterもしくはイギリスISISでの実験のためのもので、この実験により対象物質であるCuFeO2のハミルトニアンを正確に決定する事でマルチフェロイック性を伴うらせん磁気構造が現れる起源を明らかにするとともに、この系のマルチフェロイック・ドメイン構造の磁場、電場、圧力応答について更なる知見を得る事を目指す。また、物品費(備品、消耗品)を100万円とし、海外の施設での中性子散乱実験に持って行くための小型一軸圧力セルの開発や、国内での実験としてドメイン構造の実空間観察のための偏光顕微鏡装置の導入などに充てる計画である。国内旅費は20万円とし、本研究で得られた成果を日本物理学会やその他の研究会等で発表する予定である。
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