研究課題/領域番号 |
23740300
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
柳尾 朋洋 早稲田大学, 理工学術院, 准教授 (40444450)
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キーワード | 非平衡統計力学 / 非線形力学 / 応用数学 / 分子モーター / DNA / クラスター / 天体力学 / 国際情報交換(米国,ドイツ) |
研究概要 |
昨年度の結果をふまえ,生体分子モーター,DNA,原子分子集合体の構造変化,機能発現,集団運動の機構解明に関する研究を推進した.さらに,分子系の集団運動との力学的類似性をふまえて,惑星系のダイナミクスとその宇宙ミッションへの応用に関する研究を,多体問題の観点から進めた.その成果は次の通りに纏められる. まず,前年度までに開発してきた超球モード解析と呼ぶ多体系の振動と回転の解析法を発展させ,原子分子集合体の構造変化の内的駆動メカニズムを探求した.特に,原子クラスターがオブレートとプロレートという異なる質量分布を有する構造間を遷移する際の一般的な機構を,自発的対称性の破れの観点から提案した.さらに,この知見をもとに,原子クラスターの内部自由度に選択的にエネルギーを注入することによって,構造変化を効率的に誘導できることを示した. また,生体高分子におけるらせん構造の普遍性に着目し,前年度までに作成したDNAの2重らせんモデルが熱ゆらぎの環境において自発的に決まった方向に捩れる傾向があることの普遍的意義を探求した.その結果,生体分子モーターの構成要素であるアクチンフィラメントの自発的な捩れ運動も,このDNAの2重らせんモデルと同様のメカニズムによって生じている可能性があることが分かった. また,流体中のカオス的輸送の機構を可視化する手法であるLagrangian coherent structures (LCS)の手法を用いて,3原子分子の相空間の流れの解析を行った.その結果,3原子分子の解離反応のメカニズムをlobe dynamicsの観点から特徴づけることができた. また,上述のLCSの手法を応用して,太陽-惑星系のモデルとしての制限3体問題および制限4体問題の枠組みにおいて,周期軌道および共鳴軌道間の遷移軌道を抽出するなど,宇宙ミッションに応用可能な軌道設計手法を探求した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
原子分子集合体の構造変化に関する研究に関しては,オブレートとプロレートという異なる質量分布もつ原子クラスターの異性体間の遷移現象のメカニズムを,自発的対称性の破れという普遍的な観点から明らかにできた点が進歩であったと言える.さらに,系の内部自由度に選択的にエネルギーを注入することによって構造変化を誘導できることが分かったため,反応制御への応用可能性が議論できた点も進歩であったと言える. 生体分子モーターの運動と機能に関する研究については,らせん構造という生体高分子の普遍的な特徴に注目して,DNAとアクチンフィラメントが同種の非対称な弾性特性を有している可能性があることを探求できた点が進歩であったと考えている.ただし,今後は,それぞれの生体高分子系に即したより精密なモデルを構築し,検証する必要がある. また,Lagrangian coherent structures (LCS)の手法を用いて,従来とは異なる手順で3原子分子反応の相空間の流れをlobe dynamicsによって特徴づけることができた点も,最初の第一歩として意義があると考えている.今後は,より高次元の分子反応ダイナミクスを低次元に縮約し,同様の手法で反応機構を特徴づけることが大切である. また,上述のLCSの手法を,太陽-惑星系のモデルとしての制限3体問題および制限4体問題に適用して,宇宙ミッションに利用可能な軌道を探求できた点も大きな進歩であったと考えている.さらに,周期軌道に付随する不変多様体「チューブ」を用いる新たな重力アシストの手法を探求するとともに,太陽系における小惑星の輸送メカニズムを探求できた点も進歩であったと言える.
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今後の研究の推進方策 |
次年度は,まず,超球モード解析によってこれまでに明らかになった,原子クラスターのオブレートおよびプロレート構造間の遷移メカニズムを,集団変数を用いて低次元の力学系のダイナミクスとして縮約することが重要な課題となる.続いて,縮約されたダイナミクスを用いて反応速度論を構築すること,および反応制御の方策を提案することが大切な課題となる.さらに,超球モード解析を水分子クラスターやフラーレンの構造変化に応用する研究を進展させる必要がある. また,DNAやタンパク質,アクチンフィラメント,微小管などのらせん構造を有する生体高分子が普遍的に有すると予想される非対称な弾性特性を,精密なモデルに即して探求し,実験事実と比較し検証する.さらに,明らかになった生体高分子の非対称な弾性特性をふまえて,生体分子モーターの機能発現の新たなモデルを提案する予定である.その際,熱ゆらぎの効果を検証するために,拘束条件付きのLangevin分子動力学計算法を発展させ,利用する予定である. また,Lagrangian coherent structures (LCS)の手法を用いて,より高次元の分子反応のメカニズムを縮約して記述することも重要な課題である.さらに,縮約されたダイナミクスを用いて,分子反応の速度を決定する. また,複雑分子系の状態遷移現象との力学的類似性に着目し,天体系における状態遷移現象のメカニズムとその宇宙ミッションへの応用可能性を探求することも今後ますます重要な課題となる.特に,制限3体問題における平衡点(ラグランジュ点)の間およびその周囲の周期軌道の間の遷移機構の解明と応用に取り組む.さらに,楕円制限3体問題や制限4体問題などの摂動を伴う非自律系のダイナミクスの理解と応用へと発展させる.
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次年度の研究費の使用計画 |
複雑分子系の集団運動と生体分子モーターの機能発現に関する研究成果を,平成25年度中の国際会議で発表する予定であったが,都合がつかず,国際会議への出席を見合わせざるを得なかった.また,本研究で培った分子系の集団運動を解析するための非線形力学的手法および統計力学的手法を,天体力学および宇宙ミッションの軌道設計,神経回路,歩行者流,経済現象等に応用するための基礎的研究に力を入れたため,予定よりも研究費がかからず,未使用額が生じた. 平成25年度に得られた複雑分子系の集団運動および生体分子モーターの機能発現に関する研究成果を,国内および海外の学会で発表するための出張旅費として使用する予定である.また,平成25年度に得られた天体力学および宇宙ミッションの軌道設計に関する研究成果を,国内および海外の学会で発表するための出張旅費としても使用する予定である.
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