三葉虫の外骨格上に分布する外界情報の認知機構「稜線構造」について,神経行動学的知見やアナロジーをもとに,絶滅生物である三葉虫の姿勢や行動生態的側面を,接触感知機能の点から明らかにしてゆくことが本研究の目的である. アナロジーとなる現生甲殻類の「稜線構造」と感覚剛毛の組み合わせが,どのような効果を接触感知機構にもたらすのか,岩礁に生息するイワガニを題材にして感覚剛毛の配列様式と密度分布と行動時の接触刺激との関係を検討した.その結果、骨格へ加わる刺激の方向性を水平もしくは鉛直方向のものとして分画受容する効果があることを見出した.この刺激分画受容は,40μm前後の高さをもつ「稜線構造」に対して,麓に位置する感覚剛毛が屹立して毛先が尾根より突出することで水平成分の接触刺激を受容し、一方では横臥した状態となることで,水平成分の刺激が受容できずに鉛直成分の刺激受容に限定される仕組みとなっていた.水平刺激受容の感覚剛毛の密度分布は偏在性が高く,高い密度の部分は岩礁への隠遁時に接触する外骨格領域と合致する.一方の鉛直刺激受容の感覚剛毛はほぼ一様の密度で分布する.これらの結果を総合すると,水平刺激方向の受容は,逃避中などの動作中における外部周辺物との接触状況をもとに逃避ルートの適不適の判断を,一方の鉛直刺激方向については隠遁姿勢など静止状態の適不適の判断を行っていると示唆される. 三葉虫については,ダビュラー(腹側への外骨格折り返し領域)における稜線構造の分布様式が系統分類学的位置に関わらず高い共通性を示すことが知られている.現生アナロジー例を踏まえると,底質などの周囲状況と接触することによって姿勢などの自己受容を行い,呼吸や採餌などの生命維持に不可欠な行動の適不適を判断していることが示唆されることとなる.
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