研究課題/領域番号 |
23740387
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研究機関 | 独立行政法人海洋研究開発機構 |
研究代表者 |
黒田 潤一郎 独立行政法人海洋研究開発機構, 地球内部ダイナミクス領域, 研究員 (10435836)
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キーワード | クロム同位体 / 酸化還元変動 / 白亜紀 / 海洋無酸素事変 |
研究概要 |
本課題は,クロム同位体組成を古環境変動の解明に応用することを目的とした研究である.クロム同位体は海水が還元的になり始める時期を知るのに有用な指標となることが指摘されてきた.海水中で6価クロムが3価に還元される時に軽い核種が選択的に還元され,delta-53Cr/52Crに最大6‰の同位体分別が起こる.クロムの還元は,現在のように海洋が酸化的である状態から,やや還元的な状態になる時に進み,軽い核種が海水中から除去されて残った溶存クロムの同位体比が重くなることが予想される. 6価クロムがクロム酸イオンの形で炭酸塩鉱物の炭酸イオンを置換して取り込まれることが室内実験で明らかになっている.本研究では,炭酸塩鉱物中のクロムを抽出し,その同位体比の深度分布を知ることで過去の海水の溶存クロムの同位体比の時系列変動を復元する方法の確立と,そのデータから過去の環境変動を知ることが目的である. 本研究では,平成23年度に研究環境の整備と構築を行い,平成24年度に白亜紀試料への応用を計画していた.具体的には,白亜紀アプチアンの海洋無酸素事変OAE-1aに注目し,海洋の還元化が急激に進んだのか,徐々に貧酸素化が進んだのかに注目した.もし後者であれば,黒色頁岩の堆積が始まる前に前兆現象がクロム同位体比の変化として記録されるはずである.本研究では,中央太平洋海台とイタリア中部からOAE-1aを含む中期白亜紀の石灰岩を採取し,クロム同位体比を測定してOAE-1a前後の太平洋とテチス海のクロム同位体比の時間変化を復元した.その結果,太平洋Resolution Guyotの浅海石灰岩で,OAE-1aの直前にクロム同位体比が高くなる現象が認められた.これは,海洋が還元的になる初期段階でクロムの還元が始まり,OAEが始まる数10万年前から海水の溶存クロム同位体比が重くなり始めたことを示す,画期的な成果であった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本課題は,申請時に以下のように計画していた.1) 平成23年度に研究環境の整備と構築を行う,2) 平成24年度に実際の地質試料に応用し,白亜紀の石灰岩試料を分析する.研究手法の確立は平成23年度におおむね確立することができた.また,実際に分析する前期白亜紀石灰岩試料(中央太平洋海台Mid-Pacific Mountains の遠洋性石灰岩,Resolution Guyot の浅海性石灰岩,イタリア中部アペニン山地の遠洋性石灰岩)を採取し,主要元素,微量元素,希土類元素組成およびクロム同位体比を測定してOAE-1a前後の太平洋とテチス海の溶存クロム同位体比の時間変化を復元することを試みた.遠洋性石灰岩では,クロム同位体比は海水と異なる値を示した.これは,鉄マンガン酸化物によるケイ酸塩鉱物由来のクロムの再酸化を示す.つまり,海水の情報が保存されていないことが判明した. 一方,Resolution Guyotの浅海石灰岩では,海水に特徴的なクロム同位体比が得られ,鉄マンガン酸化物によるクロム同位体組成の変質は起こっていないことが分かった.過去のクロム同位体比を復元するためには,浅海性石灰岩が適しているという結論に達した.特筆すべきは,OAE-1aの直前にクロム同位体比が高くなる現象が認められた.これは,海洋が還元的になる初期段階でクロムの還元が始まり,OAEが始まる数10万年前から海水の溶存クロム同位体比が重くなり始めたことを示す,非常に画期的な成果であった.現在までに,当初目的の達成度に対し,おおむね順調に進んだ.しかし,この画期的な成果を公表するためには,Resolution Guyotの試料の分析数がやや不十分で,さらに分析を進めてデータの信頼性を高める必要がある.このため,平成25年度への研究期間を延長し平成25年度に本科研費の一部を繰り越した.
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今後の研究の推進方策 |
研究代表者は平成23年度~平成24年度の2事業年度でクロム同位体分析手法の確立と地質試料への応用に努めた.期間内におおむね予定通りの研究を進めることができた.実際の研究試料として,白亜紀の遠洋性石灰岩と浅海性石灰岩を分析した.この結果,遠洋性石灰岩は鉄マンガン酸化物によるクロムの酸化が顕著で,元の海水のクロム同位体比が保存されていないことが判明した.一方,浅海性の石灰岩では元の海水のクロム同位体比が保存されていることが判明した.このため,研究期間途中で浅海性石灰岩の分析に集中して分析することに方向転換した.上記の通り,浅海性石灰岩のクロム同位体比に興味深い変動が認められたが,これを公表するにはデータ数がやや不十分で,さらに分析を進めてデータの信頼性を高める必要がある.このため,浅海性石灰岩の試料をアメリカテキサスA&M大学のコアレポジトリーに追加で申請して入手した.方向転換後に新たに試料を入手したため,当初予定より時間を要し,一部の地質試料についてはまだ測定できていない.平成24年度までに終えることが出来なかったResolution Guyot試料のクロム同位体測定を進めるため,平成25年度に本科研費の一部を繰り越した.今後はクロム同位体比の測定に努め,信頼性の高いデータセットを得ることを最重視する.並行して,このデータの公表に向けて論文作成を進める.
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次年度の研究費の使用計画 |
平成25年度に繰り越した科研費で,主にResolution Guyotの浅海性石灰岩の主要元素,微量元素,希土類元素組成の分析と,クロム同位体分析を進める.また,得られたデータの公表に向けて,論文作成を進める.平成25年度の研究費は,主に分析に係る消耗品類,論文作成に向けた打ち合わせをするための旅費に使用する予定である.
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