本研究はさまざまな分子と水クラスターで構成される錯体負イオンの電子・幾何構造を解明することにより、水和電子クラスターの分子取り込みに伴う水のネットワーク構造変化やクラスター内電子移動反応のダイナミクスに関する情報を得ることを目的としている。本年度は水素結合のアクセプターとなる分子(二酸化炭素、ベンゼンおよびその誘導体)と水クラスターから成る錯体負イオンを対象に研究を進め、以下の点が明らかになった。 1) 水6量体負イオンがベンゼンと会合すると水のネットワーク構造が効率よく転移することを見出した。すなわち水素結合のダブルアクセプターサイトにある水1分子が余剰電子と電子-水素結合を形成する構造(異性体1)からシングルドナーサイトにある複数の水分子が協同的に余剰電子と相互作用する構造(異性体2)への転移が観測された。量子化学計算および、中性のベンゼン/水混合クラスターの電子衝撃イオン化によって生成した錯体において異性体2が主に観測されたことなどから、ベンゼン-水分子間の水素結合を含めた中性クラスター全体のネットワーク骨格の安定性が負イオンの構造を支配していると結論した。 2) 二酸化炭素やトルエンと水6量体負イオンの錯体形成は、水のネットワーク構造をほぼ保持したまま進行することが分かった。これは水ネットワークの大幅な組み換えが観測されたベンゼンの反応とは対照的な結果であり、相互作用の種類やpi-水素結合の微細な変化に対して水のネットワークが敏感に応答していることを示している。 3) 水7量体負イオンと試料分子との錯体形成では水素結合ネットワークの大幅な変化は観測されず、水7量体負イオンに固有のネットワーク構造の安定性が負イオン錯体の構造を支配していることが分かった。
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