研究概要 |
密度汎関数理論 (DFT) は、低コストで電子相関を取り入れた量子化学計算を行うことができる。しかし、ファンデルワールス力などの弱い分子間力を記述できないという大きな問題を抱えていた。申請者は先行研究 [若手研究 (B), 09011502, H21-H22] で、局所応答分散力 (DFT-LRD) 法と呼ぶ分散力計算手法を開発し、この問題を克服した。本研究ではこれを発展させ、テラヘルツ帯の指紋スペクトルなどの実験と直結する、複雑系分子間相互作用の第一原理計算を展開した。 これまで、分子間力の第一原理計算では相互作用エネルギーの計算や構造解析が最終目標であることが多かった。本研究はもう一歩踏み込んで、“分子間相互作用を測る” テラヘルツ吸収スペクトルをシミュレーションによって測ることを提案した。この新しい視点は、対象が複雑になればなるほど重要性を増すと考えられる。 本研究では、分子間力が支配する分光パラメータを理論的に計算することにより、理論と実験のインタープレイを模索した。この目標は完全には達成できなかったので今後の課題とする。これが実現されれば、例えば、生体反応における「鍵と鍵穴」の関係が分子間力のダイナミクスの観点から理解される。つまり、活性部位に特徴的な指紋スペクトルを分子間振動モードに帰属して理論的に解釈できる。これは、生体反応を制御したり模倣したりする工学的な取り組みへの道を拓く。なぜなら、近年のナノ空間化学の進歩により、特定の分子間相互作用を断ち切ったり強調したりすることが、既に技術的に可能となりつつあるからである。
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