固体表面に低速の電子線や真空紫外光が入射したとき、表面を構成する原子や分子、あるいはイオンが真空中に脱離することがある。この現象は電子遷移誘起脱離と呼ばれ、表面の電子的励起が緩和に至るまでの動的過程の理解を目的として、そのメカニズムの解明が進められてきた。一方、低速陽電子が固体に入射すると、その一部は表面原子の電子と対消滅をすることがある。対消滅の相手となるのは伝導電子や価電子である割合が高いが、内殻電子とも消滅をする。この結果、対消滅後には表面原子のイオン化や、内殻正孔生成からオージェ崩壊を経由した多電子励起状態が形成されることになる。すなわち、陽電子と固体との相互作用に特有の脱離現象が引き起こされる可能性がある。本研究の目的は、陽電子消滅に誘起される固体表面上からのイオン脱離現象を観測することである。 研究最終年度となる平成24年度には、前年度に開発した陽電子対消滅誘起イオン脱離測定装置を用いて、陽電子ビーム照射によりTiO2表面から脱離するイオンを質量選別して観測した。さらに脱離イオン収量の陽電子入射エネルギー依存性の測定をおこなった。また、高速デジタイザを用いた測定システムを新たに構築し、実験の効率を飛躍的に高めた。 測定結果から酸素イオンの脱離が観測された。電子線照射でも内殻電子を励起した場合のみ、酸素イオンの脱離が起こることが知られている。一方、陽電子入射では、電子線照射による脱離閾値エネルギーよりも十分低い入射エネルギーでも酸素イオンの脱離が起こることがわかった。この結果は入射陽電子と電子との対消滅によってイオンの脱離が誘起されたと解釈できる。つまり、本研究の結果は陽電子対消滅による固体表面上の動的反応現象の観測に成功したことを意味する。
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