光合成系IIのMn4CaO5クラスタの水分解反応において多状態反応性の存在を明らかにした.多状態反応性とは複数の電子状態のエネルギー曲面を経由する反応のことで,より単一の電子状態のエネルギー曲面に沿った反応に比べてより活性障壁の低い経路を選択すことが可能であり,金属の高効率な触媒反応の要因の一つと考えられている.具体的には前年度に開発したspin-adaptatedな状態平均DMRG法を用いて,Mn4CaO5クラスタ内酸素移動の反応経路に沿った多状態のエネルギー曲面の計算を行い,その結果,反応経路におけるMn酸化状態の異なる電子状態同士の交差を発見した.交差点において2状態のポテンシャル面は同方向に傾斜しているため,速度論的な観点からも交差点における状態間の乗り移りは効率的に起こると考えられる.この結果は今後のMn4CaO5クラスタ水分解反応の機構解明において,常に多状態反応性を考慮した反応経路解析が必要であることを示している. 生体中の実際の構造を参照としたモデル構造の妥当性を検討するため,電子磁気共鳴実験パラメータの量子化学計算を行った.Mn4CaO5クラスタにはMnイオンの磁気カップリングのみ異なる電子状態が数十~数百cm-1という狭いエネルギー領域に多数存在すると考えられる.これらをバイアス無く最低エネルギー状態を計算するため考えられる全ての磁気カップリング状態で状態平均をとったDMRG計算を行った.その結果,各Mnサイトにおけるスピン射影の実験値との直接比較が可能になり,モデル構造のスクリーニングを行えるようになった. 以上の方法とDMRG-CASSCFの解析的微分を組み合わす事により反応機構の全容解明に対する手法が揃ったと言え,多状態反応性を持つ複雑な化学反応の経路探索と速度論的解析の確立に道筋をつけることが出来た.
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