研究課題/領域番号 |
23750031
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研究機関 | 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 |
研究代表者 |
貞包 浩一朗 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構, 物質構造科学研究所, 博士研究員 (50585148)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | ソフトマター物理学 / 溶液化学 / 中性子散乱 / 相転移 / 相分離 / レオロジー |
研究概要 |
研究代表者は平成23年度、水と有機溶媒の混合溶液に拮抗的なイオン(親水性の陽イオンと疎水性の陰イオン)からなる塩を加えた場合に形成されるメゾ構造に着目し、下記の3点の研究を遂行した。(1) 拮抗的な塩が誘起する秩序構造の形成メカニズムについて: 水/3-メチルピリジン/NaBPh4からなる混合溶液では、組成比や温度によってラメラ等の秩序が自発的に形成されることがこれまでの研究代表者らの研究により明らかにされている(K. Sadakane, et al., Phys. Rev. Lett., 103, 167803 (2009).)。また、小貫らの理論研究によると、これらの混合溶液中では、溶媒の濃度揺らぎと拮抗的な塩の溶媒和効果がカップルすることで電気二重層構造(イオン対が水/有機溶媒界面に凝集した構造)が形成されることが示唆されている(A. Onuki, J. Chem. Phys., 128, 224704 (2008).)。以上の知見に基づき本研究では、拮抗的な塩が誘起する秩序構造の形成メカニズムを説明するための熱力学モデルを考案し、前年度までに既に得られていた実験結果と比較しながら論文にまとめた。(2) ラメラ相における水/3-メチルピリジン/NaBPh4混合溶液にずり流動場を加えたところ、μmスケールで繊維構造が自発的に形成され、それらが高分子状に絡まることで粘度が急激に上昇することが分かった。このように、高分子等の複雑な成分を含まない溶液においても、条件によってはゲルのような物性を持つ、という新しい結果が得られた。(3) 臨界点近傍における水/3-メチルピリジン/NaBPh4混合溶液に対するずり流動場の影響について、小角中性子散乱を用いて調べたところ、流動場の増大と共に臨界指数が2D-Isingから3D-Isingにcrossoverする、という結果が得られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「研究実績の概要」に示したように、平成23年度は(1)拮抗的な塩が誘起する秩序構造の形成メカニズム、(2)ラメラ相における水/3-メチルピリジン/NaBPh4混合溶液に対するずり流動場の影響、(3)臨界点近傍における水/3-メチルピリジン/NaBPh4混合溶液に対するずり流動場の影響、の3点について研究を行った。(1)の研究ではすでに論文としてまとめ、現在はJournal of Chemical Physicsに投稿中である。(2)については、結果の一部を用いて国際学会(32nd International Conference on Solution Chemistry)で口頭発表した。現在論文にまとめている段階である。(3)については、結果の一部を用いて国際学会(The EMLG/JMLG (European/Japanese Molecular Liquids Group) annual meeting 2011)にてポスター発表した。ここでは、ポスター賞を受賞するなど、評価を得ることができた。今後は、ずり流動場による臨界現象のcrossoverのメカニズムについて理論的な考察を行い、論文としてまとめる予定である。このように、本研究計画では既にある程度の結果が得られており、おおむね順調に進展している。
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今後の研究の推進方策 |
「研究実績の概要」(1)で示した研究計画については、現在論文を投稿中であるので、今後Reviewerの意見に従い、修正を施すことになる。(2)については、ずり流動場を加えることで何故ずり粘稠化が生じるのか、どのようなメカニズムで構造変化が起きるのか、という問題について非平衡物理学の観点から考察を行い、論文にまとめる。(3)については、理論分野での研究者である小貫明教授(京都大学)らと議論を行い、crossoverの要因について考察し、論文にまとめる。次に、本研究課題を完了させるため、下記の実験を遂行する。(4)拮抗的な塩と溶媒の相互作用について:水/3-メチルピリジン/NaBPh4混合溶液中を用いてラマン散乱実験を行う。これにより、拮抗的なイオンからなる塩(NaBPh4)が周囲の水、3-メチルピリジン分子とどのような結合状態(水和構造)を形成しているのかを明らかにする。(5) 水/有機溶媒混合溶液中でのイオンの分布の様子について:水/3-メチルピリジン/NaBPh4の混合溶液系を用いて、中性子反射率実験、小角中性子散乱実験、及び超小角中性子散乱実験を行う。これにより、拮抗的なイオン対が溶媒中でどのように分布しているのかをナノ~マイクロメートルスケールで明らかにし、小貫らの理論計算(A. Onuki, J. Chem. Phys., 128, 224704 (2008).)から予測されている「charge-density-wave構造」の描像がどこまで当てはまるのか検証する。更に、実験で示されたイオンの分布の状態を基にシミュレーション計算を行い、拮抗的な塩が誘起する秩序形成のメカニズムについて更に理解を深める。(4),(5)の研究計画で得られた知見を元に、論文を作成する。
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次年度の研究費の使用計画 |
・消耗品費 160千円: 「今後の研究の推進方策」(4)(5)で示した研究を遂行するための実験試薬を購入する。特に、中性子散乱実験を行う上で、重水素化有機溶媒(特注品)を使用するため、通常の実験試薬よりも割高に計上している。・国内旅費 40千円: 主に「研究実績の概要」(3)で示した研究結果について、理論分野での研究者である小貫明教授(京都大学)と議論を行うための打ち合わせ旅費として、40千円を計上した。・外国旅費 460千円: 「今後の研究の推進方策」(5)について、ドイツの中性子実験施設FRM-IIにて研究を遂行する予定である。また、得られた結果については、国際学会(European/Japanese Molecular Liquids Group annual meeting 2012、in ハンガリー)にて発表を行う。以上の外国出張のための旅費として、460千円を計上した。[前年度に未使用額が発生した状況について]平成23年度は物品費として、中性子散乱用サンプルセルの設計・製作費50万円、実験用試薬代20万円の使用を予定していた。これに対し、実際に使用した額は、中性子散乱用サンプルセルの設計・製作費225千750円、ポータブル密度比重計191千100円、ビーカー加熱冷却ユニット113千400円の合計530千250円であった。サンプルセルの設計・製作費が当初の計上額よりも小さくなった理由は、震災の影響で平成23年度に国内での中性子散乱実験の遂行が困難であるとの見通しが立ったことにより、購入数を半分に減らしたためである。実験用試薬代を使用しなかった理由は、予定していた分が共同研究先(ユーリッヒ研究所、ドイツ)により支払われたためである。
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