本研究では、以下に示す特殊な電子構造を有する新しいπ電子系化合物の合成とその基礎物性解明に取り組んだ。その結果、(1)ピロール環ならびにベンゼン環をディスク状に縮環させたいくつかの拡張π電子系化合物の合成とその中性・酸化種の物性評価、ならびに、(2)π電子ドナー部位とアクセプター部位が分離した新規シクロファンの合成と物性評価に成功した。前者の系においては、2つの異なる芳香環を数や対称性を変えて導入した一連の化合物を合成し、その光学特性を詳細に調査したところ、類似の多環式芳香族炭化水素と比べて小さな励起1重項ー3重項エネルギー差を有していることを明らかにした。また、一連の化合物のジカチオン種の電子状態について調査したところ、閉殻構造と開殻構造を持つものが現れてくることを明らかにした。これらの結果は、有機化合物を用いたスピントロニクス材料を創出する上で、新たな分子設計指針になる可能性を秘めている。一方、後者の系においては、オルトジピロリルベンゼンとヘキサフルオロベンゼンとの芳香族求核置換反応を行うことで、一段階でシクロファン骨格の構築に成功した。結晶構造解析やNMRを用いてその構造を調査したところ、二枚のフルオロベンゼン部位が密に積み重なっていることを明らかにした。また、参照化合物と併せて吸収スペクトル、酸化還元特性について調査したところ、シクロファン骨格の構築が分子内電荷移動をより顕著にさせることを明らかにした。さらに、シクロファン二量体の合成にも成功し、その動的挙動、各種スペクトルの結果から、本シクロファン骨格をオリゴマー(ポリマー)化させることで、一次元に電荷分離した構造体の構築が可能になることが示唆された。
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