本研究最終年度においてはキラルな環状配位子を用いた原子価互変異性複核錯体について研究を行い、コバルト複核錯体が光誘起原子価互変異性挙動と光誘起ナノ磁石挙動を示すことをみいだした。加えて誘電特性の発現において重要な、結晶構造の制御を達成することができ、極性点群で結晶化した複核錯体結晶を複数得ることに成功した。これらの結果を踏まえて、キラリティを利用することで、コバルトと鉄やマンガンの異核複核錯体が合理的に合成可能な「疑ラセミ化を駆動力とする異核錯体合成法」という新しい錯体合成コンセプトを提案するにいたった。実際に、これに基づいて合成した異核複核錯体のうち、特に鉄-コバルト錯体が特異な磁気挙動を示すことを明らかにした。 期間全体を通しては、研究目的に掲げた酸化還元活性配位子を持つ錯体分子系において、1.コバルト複核錯体における結晶多形2. 分子性結晶の結晶構造制御3.熱、光によって誘起される原子価互変異性挙動4. 磁気・誘電性におけるマルチ双安定性5.光応答性ナノ磁石の発見をそれぞれ達成した。成果1.2は、分子性材料の機能性研究において重要な課題といえる、分子集合体としての結晶の構造制御を結晶育成過程と分子設計のそれぞれの観点から行い、達成したものである。3.~5.は電子物性の評価の過程で得られた結果であるが、これらの特性がすべて原子価互変異性に基づいて発現していることは非常に興味深い結果であり、この現象がさらなる物性開拓の可能性を持つことを改めて確認できた。 また、当初の目的に加え、a.原子価互変異性錯体をビルディングブロックとする新規配位性錯体や、b.新たな錯体合成コンセプトの提唱につながる成果を得ることができた。特に後者は様々な電子状態の分子を精密に合成できる可能性を秘めており、今後の発展が期待できる手法のその礎を本研究課題内で築くことができたといえる。
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