研究課題/領域番号 |
23750186
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研究機関 | 静岡大学 |
研究代表者 |
平川 和貴 静岡大学, 工学部, 准教授 (60324513)
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キーワード | 光線力学的療法 / がん治療 / 光増感剤 / ポルフィリン / 電子移動 / 一重項酸素 / タンパク質損傷 / 酵素活性阻害 |
研究概要 |
本課題の目的は、がんの光線力学的療法に用いる光増感剤に関する基礎研究であり、当該年度には、新しいポルフィリン光増感剤を設計・合成し、その機能を検証した。光線力学的療法の原理は、光化学反応による生体分子(DNAやタンパク質)の損傷である。光線力学的療法は、生活の質(QOL)を維持できる治療法として最高レベルであると言われるが、治療効果の向上が課題である。現在の光増感剤は、酸素へのエネルギー移動で一重項酸素を生成し、生体分子を酸化損傷する。一重項酸素が武器であるにもかかわらず、がん細胞内は低酸素状態であるため、治療効果が制限される。そこで、酸素濃度に直接依存しない電子移動機構を活用できる光増感剤を設計・合成し、その作用を明らかにすることを本テーマの目的としている。当該年度は、まず、光増感剤の長波長化を検討した。これまでは、ポルフィリン環にフェニル基を結合した光増感剤を中心に合成してきたが、共役系が広いナフチル基をもつP(V)ポルフィリンを合成した。ポルフィリン環への結合部位により、1-ナフチル型と2-ナフチル型が設計できるが、立体障害のため2-ナフチル型のみ合成できた。この新規P(V)ポルフィリンの光化学的物性を検討したところ、ナフチル基導入は、長波長化に有効であったが水溶性の低下が大きく、その改良が今後の課題であった。また、ナフタレンが電子ドナーとして作用し、ポルフィリン励起状態が失活することを危惧していたが、蛍光量子収率および蛍光寿命測定から、失活作用はほとんどないことを明らかにした。さらに、これまでに評価したP(V)ポルフィリンを用い、酵素タンパク質に対する損傷を評価した。この研究のため、酵素活性に対する光増感剤の効果を評価する実験モデルを開発した。本モデルを用い、タンパク質のトリプトファン残基の損傷が酵素機能の停止につながることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の最終的な目標は、がんの光線力学的療法において、低酸素濃度問題を解決できるメカニズムを明らかにすることで、有効な光増感剤の開発につなげることである。その原理は、一重項酸素機構を電子移動機構で補完して作用するポルフィリン光増感剤の開発である。当該年度の研究目標は、光増感剤の吸収波長の長波長化であった。今年度、ナフタレンを用いることにより、これに成功した。また、これまでのP(V)ポルフィリンの中で最も立体障害が小さいジメトキシP(V)テトラフェニルポルフィリンを用いて、タンパク質光損傷を明らかにした。立体障害を小さくすることによるデメリットはなく、今後の分子設計に重要な指針となった。さらに、電子移動機構の分析法として、酵素活性を指標にした方法を開発した。新しい光増感剤の分子設計法および評価法に関する技術開発や必要なデータは蓄積されてきている。ここまでは当初の計画以上の進展であるといえる。 一方で、分子レベルの研究から培養がん細胞を用いた評価を計画していたが、予定よりも遅れている。学内だけでの実験が困難であったためである。しかし、光増感剤の長波長化の成功や新しい分析法の開発など、計画以上の大きな成果もある。以上を総合的に考え一重項酸素機構を補完する新しい改良型光増感剤の開発や技術が蓄積できたといえ、概ね当初計画通りに研究が達成されていると自己評価した。
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今後の研究の推進方策 |
本課題の目標は、電子移動機構をできるだけ活用し、がん細胞内生体分子を攻撃可能な光増感剤の開発である。前年度までにP(V)ポルフィリンの吸収波長の長波長化に成功したので、それらポルフィリン光増感剤によるタンパク質損傷作用、メカニズムの確認、活性評価を行う。また、置換基の工夫により、水溶性の向上や生体分子損傷性の改良について検討する。ポルフィリン光増感剤の物性に与える置換基の効果が重要であり、励起状態の寿命と置換基の関係から検証する。分析・評価方法は、これまでに明らかにした方法を活用する。 光増感剤の活性向上の方策として、ポルフィリンの分子設計から検討を行う。具体的には、ポルフィリン光増感剤のカチオン点を増やすことにより、光励起状態における酸化力の向上を狙う。ポルフィリン環の中心P原子がカチオン点であったが、さらに周囲のメソ位にもカチオン点を導入した分子設計を行う。電子移動によるタンパク質損傷活性の向上が期待できる。 さらに、がん細胞に対する光増感剤の作用を評価するため、研究協力者と準備を行ってきた。これまでに明らかにした特に効果が高い光増感剤や水溶性に優れる光増感剤を選択し、分子レベルから細胞レベルへの評価を検討する。
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次年度の研究費の使用計画 |
本研究では、ポルフィリン光増感剤の合成、物性評価などの化学的、生物学的実験費用と、その成果発表、情報収集のために研究費を使用する。比較的高額な物品では、ポルフィリン励起のための半導体レーザ光源(波長635 nm, パルス幅0.1 ns、45万円)の購入を予定している。第一励起状態からの電子移動が生体分子損傷に関わるため、その寿命測定が重要であり、臨床でも使用されている波長に近い635 nmの光源を活用する。 分子レベルの研究の次のステップとして、実際のがん細胞への効果を検証するために使用する。培養細胞を用いる評価は、他大学および学内共同研究者の研究室にて行うが、必要な器具や消耗品の準備を計画している。ここに約10万円を見込んでいる。 また、比較的多くの経費を見込んでいるのが、試薬である。光増感剤の合成と物性評価のため、ポルフィリンの原料試薬、合成用溶媒、分析用溶媒(エタノール、緩衝液、重水)、タンパク質、DNAを購入する。さらに、がん細胞への効果を評価するため、培養細胞を購入するが、試薬と同じ経費に計上している。以上、試薬の購入に約40万円を見込んでいる。消耗品費としては、他に論文別刷費を約15万円計上している。成果発表する論文の別刷費用(4~5報分程度)を見込んでの額である。 また、実験用消耗品として、合成用のガラス器具、分析用のプラスチック器具(チップ、マイクロチューブ、マイクロプレート、細胞取扱用ピペット類)を購入する。1点当たりの消耗品としては、ガラス器具(1~2万円程度)が比較的高価となる。合計、約20万円を見込んでいる。 旅費として、情報収集を兼ねた成果発表のため、合計約10万円の成果発表旅費を見込んでいる。 以上、合計約140万円を計上した研究計画としている。
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