研究課題/領域番号 |
23750209
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研究機関 | 千葉大学 |
研究代表者 |
中山 泰生 千葉大学, 先進科学センター, 特任講師 (30451751)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | 有機半導体 / 有機単結晶 / 角度分解光電子分光法 / ルブレン / 反射高速度電子線回折 / 有機電界効果トランジスタ / 有機薄膜太陽電池 / シンクロトロン放射光 |
研究概要 |
本研究課題は,有機単結晶の清浄表面上に創製した高秩序ヘテロ界面の価電子バンド構造を角度分解光電子分光法(ARPES)により実測し,有機エレクトロニクス素子の特性を支配する界面接合部分の電子構造を解明することを目的とするものである。平成23年度には,代表的なp型有機半導体であり有機電界効果トランジスタ(OFET)材料として有望視されているルブレン単結晶を主な研究ターゲットとし,この表面上に金属あるいは絶縁性有機分子層を堆積したヘテロ界面に対して,原子間力顕微鏡(AFM)を用いた界面成長様式の観察,およびARPESによる界面価電子バンド構造計測を実施した。なお,ARPES計測は国内や国外(ドイツ・ベルリン市)のシンクロトロン放射光施設において行った。AFMによる界面成長様式の詳細な追跡により,いずれも代表的な貴金属であり頻繁に用いられる電極材料である金および銀が,ルブレン単結晶上で形状の全く異なる薄膜を形成することを見出した。ARPESにより実測された界面電子構造も,こうした界面成長様式の違いを反映して,金属種によって異なった特徴を示している。一方,典型的な絶縁性有機材料である長鎖アルカン分子をルブレン単結晶表面上に積層した界面では,加熱温度を精緻に制御することで平坦で均一な被覆層を作製できることをAFM観察により明らかにした。さらに,こうして作製した界面の価電子バンド構造をARPESによって実測し,界面形成後もキャリア有効質量がルブレン単結晶そのもののものと殆ど変化していないことを示す結果を得た。上記のヘテロ界面は,OFET素子の動作特性を決定する電極-有機界面あるいはゲート絶縁体-有機界面をモデル化したものであり,本研究によって解明した界面の基礎物性は,現実のOFET素子の動作特性を個々の有機分子で生じる電子プロセスまで立ち返って第一原理的に記述する上で不可欠な知見である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成23年度の研究実施内容として,ルブレン単結晶上へゲート絶縁体モデル材料を堆積した界面に対するARPESによる価電子バンド構造評価から着手し,誘電率の異なる堆積材料(金属など)との界面における電子構造と比較していくことにより,現実のOFET素子の界面におけるキャリアの有効質量を実証することを予定していた。ARPES実験に関しては,当初3週間の実験を想定していた国内シンクロトロン放射光施設において,配分された実験期間が正味半分程度であったこともあり,研究ターゲットを当初計画より絞らざるをえなかった。また,界面形成過程の評価には当初は反射高速度電子回折(RHEED)装置をマイクロチャンネルプレート(MCP)により高感度化して用いることを予定していたが,RHEED装置の構築および適当なMCP装置の選定に予想より時間を要したため,平成23年度中に実施した研究対象については,代わりにAFMを用いて界面形成過程を評価した。このように,研究推進にあたって想定していなかった制約はあったものの,前述のように,絶縁性有機分子とルブレン単結晶との界面価電子バンド計測には成功し,金属とルブレン単結晶との界面形成過程および電子構造についても興味深い結果を得ている。これらの成果については国際学会などで随時研究報告を行っており(平成23年度中に2件,平成24年度前半に2件予定),現在,原著論文を準備中である。以上のように,本研究は2年間での研究目的の達成へ向けて現在までおおむね順調に進展してきており,平成24年度には,これまでの研究成果の発信と並行して,ターゲットをOFETだけではなく有機薄膜太陽電池などにも拡張していき,有機エレクトロニクスのより広い分野へ向けて本質的な界面基礎物性に関する知見を提供することで,研究・開発の最前線に貢献していきたいと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
平成24年度には,前年度までに引き続きOFET素子の高秩序モデル界面についての研究を推進するのに加えて,研究対象を有機薄膜太陽電池(OPV)の有機-有機pnヘテロ界面に展開することを計画している。前者に関しては,特にゲート絶縁膜との界面近傍におけるチャネル領域のキャリア伝導の原理を解明するため,これまで用いていた長鎖アルカン分子より誘電率の高い絶縁性有機材料であるフッ素化アルカン分子をルブレン単結晶表面上に堆積した界面を作製し,界面価電子バンド構造が低誘電率材料との界面あるいはルブレン単結晶そのものと比べてどのように変化しているか実測する。OFETのチャネル領域におけるキャリア伝導機構については,ゲート絶縁体の分極効果によりキャリアの有効質量が材料本来のものより重くなるポーラロン効果が電気特性の計測結果より提案されているが,実際に価電子バンド分散の変化を実証した例はなく,本研究が成功すればデバイス開発の領域にも大きなインパクトをもたらすことが期待される。一方,OPVはここ数年国内外で最も研究・開発が加速している有機エレクトロニクス素子であり,有力な代替エネルギー源として期待されている。開発領域における最大の課題は光電変換効率を実用ベースまで向上させることであり,これを直接的に支配する有機-有機pnヘテロ界面の電子構造を解明することは,現時点における緊急性の高い研究課題といえる。本研究では,OPV材料の単結晶表面上に逆極性有機材料を堆積した高秩序ヘテロ界面の電子構造をARPESにより実測することで,従来法では電子構造評価の難しかった複雑なpnヘテロ界面において起こっている電子プロセスの解明へ向けた有力な鍵を提供することを目指す。現在システムの立ち上げを行っている高感度化RHEED装置を活用することで,上述のような新しい高秩序界面の創製を効率的に推進していく。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成24年度に行う研究内容は,具体的には(1)有機単結晶清浄表面の作製,(2)高感度化RHEEDによる高秩序ヘテロ界面作製条件の探索,および(3)ARPESによる高秩序ヘテロ界面の電子構造の実測,と大別できる。(1)および(2)は所属研究室において,(3)は主に国内のシンクロトロン放射光施設において実施する。平成23年度までの研究では,有機単結晶の表面清浄化は真空内での劈開操作によって行っていた。この手法は,結晶表面に貼付した粘着テープを真空内で引きはがすというもので,簡便ではあるが,テープを貼付する際に結晶を破損しやすく,また結晶全面にわたって均一な劈開を行うことが難しいという問題があった。そこで,有機単結晶の清浄表面を得るためのより確実性の高い方策として,不活性ガス気流中で育成する有機単結晶をそのまま大気に曝すことなく物性評価システムに導入したい。このため,有機単結晶育成装置と接続可能で,不活性ガスによるパージが可能な簡易グローブボックスを設備・備品として導入する。一方,シンクロトロン放射光施設においては,通常1週間の配分期間を24時間態勢で運用するため,最低でも1人の研究補助者を随伴して実験する必要がある。現在,平成24年度中に通算3週間の実験期間を見込んでおり,この旅費として補助金を活用する。また,実験にあたっては所属研究室から実験機材の運搬が必要であり,そのためにレンタカーを利用する。その他,研究に必要な有機半導体試薬や真空部品などを随時調達する必要があるほか,研究成果の発信のために数回の国際会議への出席および専門誌への論文投稿を計画しており,そのための必要経費として補助金を活用する。
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