タイヤ補強材としてシリカナノ粒子を導入したゴムは変形に伴うヒステシスロスが小さく、低燃費タイヤゴムとして広く活用されている。これまで経験的にシリカナノ粒子の分散性を向上させることで低燃費性能が向上することが知られてきたが、その詳細なメカニズムの理解にはシリカの最小分散ユニットだけではなく、それらが連結して形成する高次構造をも含めた構造解析が必須で、中性子を始めとした小角散乱法への期待は大きい。しかしながら、市販のタイヤゴム材料にはシリカだけではなく硫黄や酸化亜鉛などが添加されており、それら多成分に由来する散乱が重なりあうため、シリカ分散性の高精度評価は困難であった。これを解決するために、これまでに開発を進めてきた核スピン偏極コントラスト変調法を適用した。実験としては、電子スピン源としてTEMPOラジカルを導入したシリカ充填SBRゴムに対して低温(1.2K)・強磁場(3.3T)環境でマイクロ波を照射することで水素核スピン偏極度-26%~+20%を実現し、その状態で中性子小角散乱測定を実施した。結果、コントラスト変調によるプロファイルの明瞭な変化が観測でき、ここから更に解析的手法を施すことで、酸化亜鉛に由来する散乱を適切に除外しシリカのみに由来する散乱を抽出することに成功した。散乱プロファイルは、シリカ1次粒子が2つ連結されたものを分散ユニットとすることで上手く再現できた。本試料は、母材ゴムとしてシリカと親和性の高い末端置換基を有するSBRを用いたものであるが、その優れたシリカ分散性を高い精度で評価できた。従来、中性子小角散乱法におけるコントラスト変調には重水素置換が用いられてきたが、ゴム高分子の重水素化には多大なコストを要するため本手法にも十分なメリットがある。今後も、本手法を活用し低燃費タイヤゴムの更なる性能向上に役立てて行きたい。
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