研究課題/領域番号 |
23760007
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研究機関 | 独立行政法人物質・材料研究機構 |
研究代表者 |
上田 真也 独立行政法人物質・材料研究機構, 超伝導線材ユニット, NIMSポスドク研究員 (60442729)
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キーワード | 電気化学合成 / 有機溶媒 / イオン液体 / 超伝導材料 / MgB2 / 低温合成 |
研究概要 |
当該年度は、反応場として無機溶融塩およびイオン液体を用い、電気化学合成により薄膜・厚膜を合成する手法を確立した。まずは2元系の超伝導材料(MgB_2, FeSe, Nb_3Snなど)の合成を試みた。低温の電気化学合成は、以下に示すように応用面からも有用である。従来の薄膜作製法(蒸着法)では、筒状基板などに多元系化合物を成膜することは事実上不可能であった。それに対し、電気化学合成では、適当な形状の電極をデザインすることにより、均一な厚みの薄膜を電極上に作製することができる。また、設備コストは従来法に比べて著しく低い。大がかりな蒸着装置が不要であり、定電流源、イオン液体および出発原料さえあれば大面積の導電性基板表面に超伝導材料を成膜し、磁気シールド等を作製することが可能である。これは応用研究の進展と新たな産業分野の創出につながるものと期待される。 本研究は物質材料研究機構(NIMS)の高野グループとの協力体制の下で行った。電気化学合成の溶媒として有機溶媒に少量のイオン液体を添加して用いる新しい手法を開発し、MgB_2の電析を低温(室温~60℃)の範囲で試みた。溶液中のMg, Bのイオン濃度と還元電位の最適化により、酸化物を不純物として含むもののMgとBの共電析に成功した。本手法は、申請書で提案した水酸化アルカリを溶媒として用いた場合の低温合成よりもさらに低温での合成を可能とした。また、酸化還元電位の低いMg, Bからなる化合物を合成できたことは、本手法は酸化還元電位のより高い貴金属を含む新物質の探索に大変有効であることを示すものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、初年度にコバルト酸化物の合成を試み、アルカリ金属炭酸塩を用いたFlux法により、Ruddlesden-Popper構造(以下RP構造)のn=2にあたるCo酸化物Sr_3Co_2O_<7-d>の単結晶育成、さらにn=3にあたるSr_4Co_3Cl_2O_<7.5+d>単結晶育成に初めて成功したコバルトは周期表の同列にある貴金属ロジウム(Rh)、イリジウム(Ir)よりも酸化しやすいことから一般的には貴金属には含まれないが、同じ電子配置を有することから本研究の対象である。それらの物質を酸化することで金属均な電気伝導を有することを見出したが、現在までのところ超伝導には至っていない。 そこで本年度は新たな貴金属酸化物質の探索を目指した。材料合成には当初の計画通り電気化学合成手法を用い、電気化学合成に用いる溶媒として、水酸化アルカリ等の無機塩およびイオン液体を用いた。とくにイオン液体を用いた合成は、イオン液体が室温で液体であることからこれまでにない低温で材料合成が行えること、またイオン液体は電位窓が広く、通常実現しにくい金属の酸化状態の化合物を電気化学的な手法で合成できる可能性があるという特長を有する。欧米で盛んとなっているグリーンケミストリーの流れに乗り、現在多くの研究者がイオン液体を反応溶媒として評価しているが、無機機能材料の合成に利用しようとする試みはほぼ皆無であり本研究は新規でかつ独自性が高い。水酸化アルカリ等の無機塩は反応容器である石英を侵すものが多いことから、本年度の後半は、容器と反応しないイオン液体を主に用いて合成を試みた。イオン液体を用いた新しい無機材料の合成化学の確立を目指すにあたり、東京農工大学の大野・中村研究室でディスカッションを行いながら進めたところ、イオン液体を電気化学合成で用いた際の欠点として、通常のイオン液体は極性がせいぜい低級アルコール程度と小さいことから金属塩の溶解度が小さく、使用できる原料が極めて限られることが分かった。 そこで本研究ではask-Specific Ionic Liquids(TSIL)と呼ばれる新しい種類のイオン液体に着目した。TSILの中でもとくにbetaine bis(trifluoromethylsulfonyl)imide似下[Hbet][Tf2N])はブレンステッド酸であることから多くの金属塩を溶かすことが可能である。それを用いてまずは2元系の超伝導材料(MgB2,FeSe,Nb3Snなど)の合成を試みた。その結果、原料となる金属塩を溶解することはできたものの、金属塩を溶解したイオン液体はわずかな酸化還元電位でも化学変化するものが多く、強酸化、強還元を行うことが難しいことがわかり超伝導材料を電析できるには至らなかった。そこで、本研究ではつぎにN,N-ジメチルホルムアミド(以下DMF)やジメチルスルホキシド(以下DMSO)などの非プロトン有機容媒を用いた電解合成を試みた。これらの有機溶媒は高極性でかつ電位窓が広い特長を有する有機溶媒は導電性が低く電気化学合成には補助電解質を必要とするがその補助電解質としてイオン液体が有用であることを見出したこの新しい電気化学合成手法によりMgB_2の合成を試みた結果、酸化物を不純物として含むもののMgとBの共電析に成功した。
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今後の研究の推進方策 |
今後も物質材料研究機構(NIMS)との協力しながら電気化学合成を進めて行く。まずは、応用上有用なMgB_2薄膜の電気化学合成法の確立を目指す。これまでにN,N-ジメチルホルムアミド(以下DMF)やジメチルスルホキシド(以下DMSO)などの高極性非プロトン有機溶媒を用いた電解合成でMgとBの共電析に成功している。しかしながら、目的としたMgB_2の収量は少なく、また酸化物の不純物が多い。したがって当面の課題は本手法の確立となる。これまでに出発原料のMgとBの塩としてMgC12およびH3BO3を用いている、不活性ガス雰囲気中での電析を行っても酸化物が生成することから、H3BO3に含まれる酸素が酸化物生成の原因となっている可能性がある。そこで今後は酸素を含まないBの塩を探索する。また不純物に関しては、Mg+2B->MgB_2の反応速度が室温付近では遅いことから、電析の速度が速いとMgB_2が生成せず不純物もしくはMg B単体が電析されていることも考えられる。これについては溶液中のMgとBの濃度および支持電解質のイオン液体の濃度の最適化を図り、電析速度を調節することで不純物を減らす方策をとる。以上のことから、MgB_2の電析手法を確立し、それによって得られた知見を用いてさらなる新物質探索を行っていく。
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次年度の研究費の使用計画 |
本年度は、イオン液体を反応場として用い電気化学合成を試みた。イオン液体のみを溶媒として用いてMg_B2等の超伝導材料を合成するのは難しく、有機溶媒とイオン液体を適度に加え合わせた溶媒が良いことが分かった。この知見を得るために、多くのイオン液体を試みた。またイオン液体の極性が低く金属塩を溶解しにくいことから、原料となるイオン液体に溶解する塩の探索のため多くの試薬を試した。本年度は、研究を遂行するにあたり高額でかつ納期まで長時間のかかるイオン液体や試薬等に関して、NIMSが既に所有していたものを多く使用したおかげで、新規な材料合成手法の開発と研究の大幅なスピードアップを図ることができた。次年度はそれらの試薬やイオン液体の購入に充てNIMSに返却する。また、合成雰囲気を制御するための石英管、電極として使用した白金板等もNIMSが既に所有していたものを多く使用したためそれらを購入する。一方、現在MgB_2の合成の際、MgやBの酸化物が不純物として混入し、原料に含まれる酸素が原因と考えられることから原料となる新たな金属塩を探索する。
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