研究課題/領域番号 |
23760037
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研究機関 | 兵庫県立大学 |
研究代表者 |
盛谷 浩右 兵庫県立大学, 工学研究科, 准教授 (20391279)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | SIMS / クラスターイオンビーム |
研究概要 |
本研究の目的は、運動エネルギーと大きさを精密に制御した気体クラスターイオンを有機分子薄膜に照射し、スパッタ時に起きる分子内の結合解離を制御することである。 平成23年度は、発生する二次イオン種の1原子当りのエネルギー(Eatom)依存性を調べるために、比較的分子構造が単純な、ポリスチレン薄膜、ドデシルベンゼン(DDB)薄膜、PMMA薄膜、銀、ITOガラスなど、数種類の無機及び有機物試料に照射し、二次イオン質量分析(SIMS)測定をおこなった。まず、Eatomの違いによる放出二次イオン種の変化を解析した。さらに、表面を真空中でスパッタによりクリーニングした場合としていない場合で二次イオンスペクトルを測定し、二次イオンスペクトルに表面汚染物が及ぼす影響を調べた。その結果、ArクラスターSIMSでは、表面汚染物の感度が単原子イオンを用いた場合と比べて100倍以上大きくなることがわかった。 次に、Ar-GCIBの照射エネルギーと表面敏感性の関係を検討した。Eatomを下げていくと、試料のフラグメントイオンが減少し、分子イオンの強度が増大した。さらにEatomを下げると、試料の分子イオン強度が減少し、試料表面に付着している汚染物質の二次イオン強度が増大した。この結果は、Eatomを小さくすることでより表面に近い領域の分子を検出できる、つまり表面敏感性を高められることを示している。しかし、汚染物質の付着量や膜厚等が試料ごとに異なるため、Eatomの違いによる検出深さの違いを定量的に表すことは困難であった。ここまでの結果は、Eatomを調整することで、表面汚染物と試料を選択的にスパッタできることを示しており、今後有機分子試料のスパッタ過程の制御方法を確立するための重要な基礎データとなる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成23年度は、これまでに申請者らが開発してきた飛行時間型サイズ選別GCIB-SIMS装置を用いて、運動エネルギーと大きさ(クラスターサイズ;クラスターの構成原子数)を精密に調整しながらArクラスターイオンを試料表面に照射し、放出される二次イオンを検出した。実験の結果、ArクラスターSIMSでは、表面汚染物の感度が単原子イオンを用いた場合と比べて100倍以上大きくなることがわかった。そのため、汚染層も含めた試料表面の二次イオンスペクトルのEatom依存性を調べた。DDB薄膜試料の場合、試料の分子イオンであるC30H54+(m/z=415)の2次イオン強度はEatomを下げていくと上昇し、Eatom=6.7 eVで最大となった。PDMSに由来する2次イオンであるSiC3H9+(m/z=73), C5H15OSi2+(m/z=147)等はEatom=4~5 eVで最大となった。PDMSの付着量や膜厚等が試料ごとに異なるため、Eatomの値と検出深さの関係性を正確に示すことは現時点では難しいとはいえ、表面汚染物と試料を選択的にスパッタするための大凡のEatom値の目安は示された。これより、次年度以降、比較的構造が単純な複素芳香族(チオフェン、ピロール等)の構造を含む高分子、さらに、それらに類似した化学組成を持つ高分子(ポリチオフェン(PT)とポリフェニレンスルファイド(PPS)等)をモデル試料の解離イオンの発生強度とEatomの関係性を詳細に調べていくための基礎データが得られた。また、本研究では、SIMSデータの解釈するための補強データとしてX線光電子分光(XPS)を利用する予定であるが、本年度中にXPS用のチェンバーの立ち上げは終了した。以上より、研究の進展はおおむね順調と考えている。
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今後の研究の推進方策 |
GCIB-SIMSのスペクトル解析法を確立するためには、単純構造をもつ有機分子や高分子からなる試料を数種類を作製し、それらから得られる2次イオンスペクトルを元にして、複雑なスペクトル解析法の基本的な考え方を確立する必要がある。 第一段階として、比較的構造が単純な複素芳香族(チオフェン、ピロール等)の構造を含む高分子、さらに、それらに類似した化学組成を持つ高分子(ポリチオフェン(PT)とポリフェニレンスルファイド(PPS)等)をモデル試料とし、GCIB-SIMSスペクトルを測定する。そして、分子構造(官能基の種類)とクラスターイオンの照射条件(Eatom 、クラスターの大きさ等)によってフラグメントパターンがどのように変化するかを詳細に解析する。実験で収集したデータをMD計算によるシミュレーション結果と比較し、結合解離に必要なGCIBのEatomと分子内の化学結合エネルギーを対応づける。 その結果を基に、未知試料の分子構造や化学量論比をGCIB-SIMSにより決定することを試みる。まず第一段階では、それまでに調べたモデル試料が混合した試料を作製して擬似的な未知試料としGCIB-SIMSにより解析する。平成23年度に立ち上げを行ったXPS装置の分光器を調整し、ビーム照射前後の表面の化学構造の変化を測定する。この結果をGCIB-SIMSスペクトルの分析結果と照らし合わせることで、実際に分子の特定部分の解離を制御でるのか確認する。その後、Eatomと二次イオン出現パターンを関連づけることができた化学構造を含む未知試料を作製する。この試料のGCIB-SIMSスペクトル測定しそれまでに構築した解析手法での分析を試みる。昨年度は表面汚染物の影響を詳細に調べたため当初予定のモデル試料を全て分析することはできず、結果として5,059円の残額が生じた。残額分は本年度の試料購入費に充当する。
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次年度の研究費の使用計画 |
本年度の配分額は700千円である。昨年度の使用残額として5,059円がある。本年度は、平成23年度に立ち上げ調整を行ったXPS装置の分光器部分の調整と、XPS測定のための試料ホルダーの作製に必要な真空部品に360千円、高分子試料の購入に100千円、アルゴン気体購入に40千円を予定している。また成果発表のため、国際質量分析会議(京都)、秋季応用物理学会(富山)、日本真空学会連合講演会(神戸)、成蹊大学で開催されるSISS14(東京)などへの参加費として、200千円を予定している。
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