本研究の目的は、高次非線形写像関数を用いて疑似的にマイクロホンアレーの素子数を増やすことによる音声信号処理手法の開発である。今年度は方位推定への応用に焦点を当てて、昨年度の二次写像よりも高次の非線形写像に取り組んだ。非線形写像で狭帯域観測信号を高次元写像することにより、見かけ上のマイクロホンアレーの素子数が増加し、MUSIC方式の方位推定の性能が大幅に向上することを確認した。 まず、任意の次数の非線形写像のカーネル法と解析的な写像関数による表現を定式化し、問題に応じて効率的な方を使用できる写像手法を確立した。また、MUSICの性能限界である、素子数以上の音源数の方位推定ができないという問題点も、疑似的な素子数増加により解決されることを実験的に示した。さらに、提案手法の統計的性質についての理論的な考察により、写像観測信号の共分散分析が写像の2倍の次数のクロスモーメント分析に相当しているということが明らかになり、分析の情報量が変化する原因を突き止めた。高次統計量を用いた方位推定手法は過去にもクロスキュムラント分析に基づくものが研究されており、提案手法はこの手法と同程度の推定精度であることがわかった。しかしモーメント分析はキュムラント分析よりもはるかに単純であるため、同程度の推定精度を大幅に小さい計算量で得られることを示した。さらに、クロスキュムラント分析では難しい、複数の次数のモーメントを同時に分析することにより、推定精度は大幅に向上し、これまでに研究されているどの方位推定手法よりも高い推定精度が得られるということを示した。
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