対馬(長崎県対馬市)は九州の北方、玄界灘にあり、長崎県と朝鮮半島の中間に位置する島である。古くから交通・貿易・国防の要地として重視され、近代に入ってそうした性格は一層強まった。しかしながら、近代の遺構に関しては軍事遺構を除き、基礎的な所在確認もほぼ実施されていない状況にあった。本研究では、対馬全域の近代遺構の悉皆調査を行い、これと特徴的な地域や遺構種別に関する複数の個別研究を併せることで、対馬の近代遺構の地域的特質の一端を明らかにした。 近代遺構の悉皆調査に関しては、全島を踏査し、聞き取りや関連資料の収集によって、これまでリストアップされていなかった工場・倉庫・商店などを含む近代遺構のデータを収集した。 個別研究としては、第一に、これを近代遺構の地域的分布と社会変化との関連を、当時の新聞記事を中心とする文献調査を通して分析した。第二に、近代の新材料として、対馬では生産されなかった煉瓦が使われていることに着目し、厳原における煉瓦造遺構(住居の一部・倉庫・壁など)の分布を精査し、明治10年代に建設された監獄・工場や火災との関連を考察して、城下町の対馬らしい変容を示した。第三に、厳原以外の煉瓦造遺構の代表的なものとして、浅藻に残る大正期の旧漁業用倉庫について実測調査を実施し、その特徴を明らかにした。第四に、漁村集落の近代のありようの代表例として、対馬北部の鰐浦のコヤの現状を実測し、地図・地積図と照らし合わせて分布の変容を考察し、それとコヤの意匠・構法的特徴との連関を考察した。
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