研究課題/領域番号 |
23760647
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
桂 ゆかり 東京大学, 理学(系)研究科(研究院), 研究員 (00553760)
|
キーワード | 熱電変換 / 第一原理計算 |
研究概要 |
これまでに本研究において開発してきた、熱電変換材料の性能を表す無次元性能指数ZTの計算手法は、多数の物質に簡便に応用できる点で画期的であったが、実験結果を完全に再現できないという問題があった。その問題とは、さまざまな物質のZTの理論的最大値を計算しても、その値が1を超えないというものであった。現実には、ZTが1を超えることが実用化の目安とされており、ZTが1を超える物質は数多く存在する。この方法で計算を続ける限り、ZTが1を超える物質の探索は困難であると考えられた。 そこで今年度は、計算方法を1から検証することで、この「ZT=1の壁」の原因を調査するとともに、計算コードのさらなる改善に取り組んだ。その結果、電子熱伝導率の計算式に、試料内部で発生する熱電効果を取り込むことで、この壁は消失することがわかった。そして、得られるZTの理論的最大値は、10にも100にも達することがわかった。これは、既存の熱電変換材料以外にも、実に多数の半導体材料において、1を大幅に超えるZTが実現可能であることを示す画期的な知見である。この結果、バンドギャップが十分に大きい半導体に、十分に高い濃度のキャリアを導入することができれば、高いZTが実現可能であることが示された。バンドギャップの計算は一般に困難であるが、電子の交換相関効果の計算方法を改善することで実験値に近いバンドギャップを得ることに成功した。さらに、さまざまな熱電変換材料の実験値と比較することで、未知パラメータであったフォノン熱伝導率と電子緩和時間の評価に成功し、ZTの高い物質では、低い格子熱伝導率と長い電子緩和時間の両方が達成されていることがわかった。さらに、バンド端の状態密度勾配が急峻なほど、格子熱伝導率と電子緩和時間の影響を受けにくい高キャリア濃度での使用が可能となり、高いZTが期待できることがわかった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
今年度、計算方法の大幅な見直しを行ったことで、実験による新規熱電材料探索についてはやや後れを取る結果となった。しかし、最終的な目標である、真に有望な新規熱電材料の発見に近づくためには、有望であるかどうか不確実な物質について実験を続けるよりも、計算の確度を向上させた方が重要ではないかと考えられる。そしてこの見直しにより、熱電特性予測の精度は格段に向上し、ZTを決定するさまざまな要素について、俯瞰的な知見を得ることができた。この結果、候補物質の選定基準が格段と向上し、これまでの方法で探索した候補物質に比べ、より有望な候補物質の選定が可能となった。
|
今後の研究の推進方策 |
前年度の研究では、実に多数の新規熱電変換材料の候補物質が存在することが証明された。これは喜ばしいことであるが、探索のターゲットを絞ることが困難となってしまった。そこで今年度は、新たなフィルタリング要素として、化合物内の結合の強さに依存する最低フォノン熱伝導率の計算を行う。これは、大量のフォノン散乱因子を導入した際の最終的な熱伝導率の値を表す値であり、多量の不純物ドープを行ったうえで実用化される熱電変換材料においては、非常に重要である、これまでほとんど注目されてこなかった。まず数百種類の2元系化合物について最低フォノン熱伝導率の計算を行い、構成元素依存性などの傾向を解明する。ここから得られた指針をもとに、最終的に有望な候補物質の選定を行い、実験によってその候補物質の有望性の証明を試みる。
|
次年度の研究費の使用計画 |
本余剰金は、初年度に購入を予定していたフォノン計算ソフトウェア(約150万円)が、同等の機能を持つフリーウェアの公開により、購入の必要がなくなったことによって発生したものである。加えて、国際熱電学会が国内で開催されたこと、購入予定であった実験装置類が別の研究のために研究室に導入されて購入の必要がなくなったこと、前年度の研究が理論計算に集中したことなどにより、次年度使用額が発生した。 現在、物質合成に使用しているパルス通電焼結装置は、不活性雰囲気下での合成や、1000℃を超える高温測定に対応しておらず、目的の候補物質を合成するうえで制限がある。また、現在使用している自作の熱電特性測定装置は、熱電対の劣化による精度の低下や、大気の混入による試料の酸化が問題となっている。また、熱電特性測定用の試料ホルダーが破損している。そこで、これらの改善のため、白金ロジウム熱電対や石英管、密閉合成システム、試料ホルダーの修理または購入を行う。また、本研究を通して得られた研究成果を発表するため、国際学会・国内学会への積極的な参加と論文投稿を行う。
|