最終年度は,本研究の主眼である燃料電池自動車用高圧水素タンクの実使用環境を模擬した場合における材料特性に関する実験を行った。実使用環境を考慮した場合,走行中の車体振動や高圧水素燃料の出し入れ等に起因した疲労変形を受けたライナー材の衝突安全性の評価が必要となる。そこで湿潤環境において疲労変形を与えた(予疲労と称する)7075-T6合金の衝撃引張変形特性をスプリット・ホプキンソン棒法を用いて調査した。予疲労は,室温25℃,相対湿度90%以上(RH90%と称する)の湿潤環境下において行った。比較のため,相対湿度20%以下(RH20%と称する)の条件も行った。疲労条件は,最大応力300MPa(7075合金の0.2%耐力の約60%),応力比0.1,繰返し回数6000回の弾性片振引張疲労とした。周波数は,想定される水素の出し入れが1Hz以下であるため,より低周波数における疲労特性の評価が現実に近い条件となると考えて0.1Hzとした。得られた結果の概要は以下の3つである。(1)衝撃変形における流動応力に及ぼす予疲労変形の影響は見られない。(2)予疲労変形を与えた衝撃試験では破断伸びは低下する。(3)この延性低下現象は環境湿度の影響を受ける。 予疲労後の試験片表面をレーザー顕微鏡およびSEM観察を行っても,割れ等の損傷は見られなかった。よって,湿潤環境下で予疲労変形を与えることで晶出相から水素侵入が生じ,この周辺で水素濃度が高くなることからミクロな材料組織変化が生じ,延性低下を促進させた可能性が考えられる。 本研究により,湿潤環境下予疲労および衝撃変形による延性低下現象が存在することが明らかになった。使用環境によってはさらなる延性低下が生じる可能性があるため,高圧水素タンクの使用条件において考慮すべき結果が得られたといえる。
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