本研究は、ソフトマテリアルと生体分子の間に働く相互作用エネルギー変化を、計算化学的なアプローチによって予測した。前年度の段階で、生体分子が両性イオン性のソフトマテリアル界面に接近する際のミクロ相互作用が、平均力ポテンシャルの導入によって簡便に推算できることを明らかにした。そこで今年度は、耐ファウリング性を有する非イオン性マテリアルを検討対象に、同様のアプローチを導入した。比較のため、芳香族アミド系の汎用素材についても検証した。 計算の結果、非イオン性マテリアルの相互作用エネルギー曲線がほぼ平坦な形状を示すのに対して、芳香族アミド素材のエネルギー曲線には明確なエネルギー安定点が存在した。これは、非イオン性マテリアルと生体分子の親和性が、汎用素材に比べて顕著に低いことを熱力学的に裏づけている。すなわち生体分子が非イオン性マテリアルの界面に接近しても、その近傍には滞留することなく、容易に離れることができる。その一方、芳香族アミド素材の界面には生体分子が吸着してしまう。結果として、マテリアルの耐ファウリング性と相互作用エネルギー曲線の形状に、明確な相関関係が存在することが判明した。 これに続き、アルコール系の汎用素材を対象とする相互作用エネルギー計算を実施した。この素材は、先述の非イオン性マテリアルと同等程度の親水性を示すことが知られているが、生体分子が接近する際のエネルギー曲線を予測したところ、芳香族アミド素材と同じく明確なエネルギー安定点が見出された。よってマテリアル間の親疎水性の相違では、耐ファウリング性の発現メカニズムを十分説明できないことが理論的に裏づけられた。本研究で検証した相互作用エネルギーの計算法は、エネルギー曲線の形状と耐ファウリング性を定量的に相関づけられるため、ファウリング機構を解明するための有望候補と位置づけられる。
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