研究課題/領域番号 |
23760826
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
間嶋 拓也 京都大学, 工学(系)研究科(研究院), 助教 (50515038)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | 高速イオン衝突 / 多重電離 / 分子解離 / 多重同時測定 |
研究概要 |
高速イオンが生体中で引き起こす放射線効果のうち,生体分子との直接作用における最も初期の素過程解明を目指して研究を進めている.本年度は,そのための実験手法として,真空中に孤立させた標的分子と高速重イオン間の衝突反応過程の追跡が可能な,多重同時測定システムの立ち上げを行った.アミノ酸分子などの測定に先立ち,まずは構造がより単純なエタンなどの炭化水素分子やフルオロカーボン分子などに対するデータ取得を行い,リストデータ解析プログラムの開発,測定システム妥当性の検証,測定条件の最適化などを行った.具体的には,加速器から引き出した炭素イオンビームを孤立分子標的に衝突させ,電荷変換条件を選別した状態で,放出二次電子の個数,解離イオン種および各解離イオンの放出運動量ベクトルの同時測定を行った.これにより,孤立多原子分子の多重電離確率分布を直接求め,さらにその一時的な多重電離状態と解離イオン分布の相関関係を得ることができた.本年度に使用した標的分子は構成原子数が8原子までであり,想定している生体分子などに比べるとサイズが小さいが,既に以下のような成果が見出された.まず,3重電離以上の正確な情報は電子個数を直接測定する本手法で初めて取得されることが確認された.また,解離イオンと電離状態の相関測定では,特定の解離イオン種と多重電離状態が強い相関を持つ過程が存在することが分かった.高速重イオン相互作用においては,様々な反応過程が重ね合わされるのが一般的であるが,一部の反応は特定の解離経路によって進行することが可能であることを示しており,今後の生体分子標的への展開における新たな重要な示唆を得た.また,当初の計画にはなかったが,二次電子個数測定の精度向上を目的に,アバランシェフォトダイオードを用いた電子個数測定の可能性についても検証を行い,低個数領域での分解能向上が見込まれることを明らかにした.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
計測システムや解析プログラム全体を概ね確立することができた.検出器からの複数の出力波形をデジタルストレージオシロスコープで取り込み,マルチチャンネル分析器で測定した半導体検出器からの波高情報との同期を取って,イベント毎に情報を蓄積するシステムを確立した.測定の原理上,マルチチャンネル分析器は30kVの高電圧プラットフォームに設置されているが,光通信と無線通信を導入してコインシデンス測定を達成した.また,電子個数測定においては,十分な電子の収集効率を得るために衝突領域を空間的に限定する必要があるが,衝突領域の静電場に対するビーム軌道の微妙な変化を区別することにより,この問題を克服した.得られるデータは衝突イベント毎の膨大なリストデータの集合であるため,測定後に必要な情報を引き出すためには,そのリストデータを解析するためのソフトウェアが必要になるが,そのプログラムの製作も完了した.測定システムの評価を目的に使用した炭化水素やフルオロカーボン分子標的の測定において予想外に重要な結果が得られたため,生体分子標的の準備がやや遅れているが,それ以外の多重同時測定システムや解析プログラムの全体を確立することができた.逆にこららの成果により,生体分子の基礎として,また学術的な観点からも,多原子分子に対する詳細な研究が重要であることが見出された.
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今後の研究の推進方策 |
生体分子を真空中に孤立した状態で取り出すための昇華システムを確立し,同時測定システムへの導入を行う.生体分子の気相標的は,生体分子試料を100~200℃で加熱して昇華させることによって生成できる.本装置は,申請者の所属研究室で行われている生体分子の電子分光実験で既に装置開発が完了しており,試料毎に最適な昇華温度が分かっている.また,今回の測定に十分な標的密度(約10^-4 Pa)が得られることも確認済みである.まずは,昇華しやすく,昇華時に熱分解しにくいウラシル,アデニンなどの核酸塩基やグリシン,アラニンなどのアミノ酸分子を用いる.次に,生成した生体分子標的へのMeV イオンビーム照射が正しく行われていることを確認するため,解離イオンの質量分析測定を行う.そのために,製作した生体分子昇華セルを飛行時間測定システムに設置する. これにより,MeV イオン照射で生成される解離イオンの種類を確認する.入射イオンとしては,MeVエネルギー の水素, 炭素, シリコンイオンを用い,陽子線と重粒子線による反応の違いなどに注目して比較を行う.またこの段階で,解離イオンを確認しながら,生体分子標的の条件の最適化を行う.さらに,この生体分子標的に対して多重同時測定を行い,衝突毎に放出される電子の個数の測定も行う.目的である生体分子の多重電離分布を導出し,解離イオンの飛行時間測定と同時測定することにより,初期の電離状態によって解離過程がどのように変化するかを調べる.
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次年度の研究費の使用計画 |
気相生体分子標的を作るための加熱装置などの製作に使用する.標的密度は加熱温度によって変化するので精密な温度制御が求められる.また,加熱の分布に偏りがあると,温度の高い部分では衝突以前に標的分子が解離してしまう恐れが生じ,また逆に温度の低い部分では分子が壁面に吸着され,セルの目詰りの原因になる.したがって,セルから出口ノズルにかけて概ね均一に温度を上昇させる必要がある.また,昇華した分子はそのままで真空チャンバ全体に広がり,装置を汚染してしまうため,ノズル直後に分子吸着用の液体窒素冷却セルを設置する必要がある.これらのシステムの確立のために研究費を使用する計画である.また,これらの主要備品に加えて,標的となるアミノ酸などの分子試料,実験装置の改良などに必要な真空部品,電子部品の購入に使用する予定である.
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