生体内における放射線相互作用の基礎として,生体分子と高速イオンの直接相互作用の素過程解明を目指し,孤立多原子分子と高速イオン衝突に対する新たな多重同時計測システムの開発を行った.孤立生体分子標的の生成のため,粉末試料を100~200度に加熱して昇華させるシステムを導入した.真空中に孤立生体分子標的をビーム状に取り出すための装置を設計し,細く切り出し,かつ目詰まりしにくい構造を構築した.本測定の最も重要なポイントは,生体分子のように構成原子数が膨大な標的に特化した測定システムにした点である.従来は,構成原子数が数個程度の小さな分子に対する研究が主であり,生体分子のような複雑な標的には適していなかった.昨年度導入した,電子個数計数法による多重電離分布の直接測定に加え,今年度は,分解片イオンの速度分布イメージング法の導入を行い,解離過程に関する詳細な情報を得ることができた.これまでの手法では,基本的に,標的分子の全ての構成原子をイオン化し,かつその全ての解離イオンを同時検出することを前提としていたため,構成原子数の多いシステムへの適用は現実的ではなかった.本手法は,解離イオンを静電レンズによって検出器面上で集束させることにより,各解離イオンの個別の検出位置情報からその運動エネルギーおよび放出方向の直接導出を可能とするものである.本システムの導入においては,起動シミュレーションにより最適な引出条件を予測し,実際にその条件での最適化を確認した.本研究では,さらにこれを前述の電子個数測定システムと同時測定することにより,例えば,水素解離イオンの運動エネルギーが多重電離の大きさと相関して大きくなっていく様子など,解離ダイナミクスに関する情報を定量的に得ることができた.今後は,各種生体分子の系統的な測定を順次進めていき,巨大分子特有の衝突反応過程の解明を進めていく.
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