研究課題/領域番号 |
23770014
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研究機関 | 弘前大学 |
研究代表者 |
鶴井 香織 弘前大学, 学内共同利用施設等, 特任助教 (00598344)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 隠蔽色 / 温度環境 / クライン |
研究概要 |
1.隠蔽vs.体温調節:ハラヒシバッタの黒紋には隠蔽度を高める効果がある。しかし、すべてのバッタが黒紋を持つのではなく、オスの黒紋型頻度には北で高く南で低いという緯度クラインがみられる。これは「温暖な地方ほど体温が過熱しやすい黒紋型が不利」という選択圧の勾配により形成されたと推測される。今年度は、クライン形成における緯度の影響を排除するため、同緯度に位置する八甲田山~岩木山(青森県:北緯40.6~40.7度)にわたる山地と盆地の標高差を利用し、その温度勾配に添ったクラインの検出を試みた。その結果、標高クラインが検出され、黒紋の進化に温度環境が影響している可能性が強く示唆された。2.隠蔽vs.体サイズ:体の大きなバッタほど視覚的に目立つため、体の大きなバッタほど黒紋によって隠蔽度を高める必要性が高い。そのため、冷涼な地域ほど体が大きくなるという現象があれば、体サイズの影響によって冷涼な地域ほど黒紋型頻度が高くなる可能性がある。八甲田山~岩木山でオス個体の体サイズと黒紋の有無を調査した結果、高標高ほど体サイズが大きくなったが、体サイズと黒紋の有無に相関は無かった。このことから、オスの黒紋型の緯度および標高クラインについて、体サイズの影響は無いと考えられた。3.北東北地域と近畿地方で遺伝子解析に十分な数のサンプルが得られた。4.翅型の影響:ハラヒシバッタの後翅には飛翔しない短翅型と飛翔する長翅型の二型がある。日本列島全域において長翅型は非常に稀で個体数の1%にも満たない。しかし、青森県の岩木山と八甲田山では長翅型の割合が他地域に比べて著しく高く、その割合は高い標高ほど上昇することが明らかになった。翅型と色斑型の間に有意な関連性が無かったことから、長翅率の違いが色斑型頻度に大きく影響することはなく、(1)の結果が長翅型の移動分散の影響を受けている可能性は低いと考えられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1.標高と黒紋型頻度の関係に関する部分の研究は完成し、2012年3月の国際学会でその成果を発表した。現在このテーマについて論文投稿準備中である。2.本研究におけるキーポイントの1つが「八甲田山~岩木山の標高差を用いた調査」である。平成23年度の調査シーズン前半(6月~8月)は調査地の探索に専念した。その結果、約40箇所の安定した調査地を確保することができた。平成24年度は平成23年度と同じ調査地を用いればよいので、非常に効率よく「体色の暗化度における標高クラインの検出」および「体色の暗化度と体温上昇の関係」についての調査にとりかかることができる。3.平成23年度の調査により、青森県では標高によってバッタの発生回数・発生時期・繁殖時期が異なる可能性が見出された。バッタの隠蔽黒紋が体温調節に影響するのは発生時期の気温や繁殖時期の気温であると考えられるため、この発見は意義深い。今後、青森県の各調査地におけるバッタを用い、生活史および繁殖生態の違いが色斑型の頻度に与える影響について解析することで、隠蔽色・体温調節・繁殖行動・その他の生活史形質間のトレードオフに関する新たな知見が得られることが期待される。4.遺伝子解析については、現在、北東北サンプルのDNA抽出作業を行っている。作業の外注も視野に入れつつ、研究が円滑に進むよう努める。
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今後の研究の推進方策 |
平成23年度は春~初夏にかけて、系統解析用サンプル収集のため東日本の太平洋側採集を行う予定であったが、震災後、交通機関や宿泊施設をはじめとする混乱が続いたことおよび多くのバッタ生息地が津波で破壊されたとの情報を入手したことの2点により、調査を実施しても求める成果を上げることが困難であると判断し中止した(本種は農耕地や荒地、住宅地の公園など、山地よりもむしろ平地に多く生息している)。今年度以降も震災で生息地が破壊された地域での採集により成果を上げることが困難である状態に変わりがないため、当該地域での採集は行わない。その代替手段として、過去に当該地域で採集され保存されている標本の一部の移譲を依頼するなどの方法を検討する。採集地の詳細な情報が不明であるなど制約はあるが、バッタの脚一本から解析に十分な量のDNAを得られることを平成23年度中に確認しており代替が可能である。平成23年度の現地調査のための旅費経費は平成24年度に繰り越され、「柔軟な発想や手法で取り組むことで、先駆的で独創的な成果が得られる」というJSPSの「基金化制度」の理念に従い、本課題研究における野外調査(下記のテーマ(b))の作業効率を向上させるための調査機器(サーモグラフィー)購入に充てられる。平成24年度は、平成23年度と同じ青森県の岩木山~八甲田山にわたる調査地を用い、(a)標高と地色の暗化度の関係(冷涼な高所ほど黒っぽい地色になるか)および、(b)黒紋の有無と地色の暗化度が体温上昇を介して配偶行動に与える影響、の2点についてフィールドワークを行う。また、バッタ類の系統解析で問題になることが多い、核内に存在するミトコンドリアDNAの偽遺伝子(Numts)の増幅を回避する手法の確立を中心に作業をすすめる。平成25年度は実験室における遺伝子実験と系統解析を中心に作業をすすめ、研究成果をまとめる。
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次年度の研究費の使用計画 |
1. サーモグラフィーの購入(500,000円程度):上記の「今後の研究の推進方策」内の(b)について、黒紋の有無と地色の暗化度が体温上昇を介して配偶行動に与える影響を調査・解析するにあたり、サーモグラフィーを用いると作業効率が飛躍的に向上する。研究計画を立てた当時は性能(画素数とフォーカス機能)と価格のバランスに問題があり、購入計画を見送った。近年、必要となる性能を満たす比較的安価な機種が開発されたため、今回、購入を検討する運びとなった。2.旅費(550,000円程度):国際行動生態学会(ISBE、スウェーデン)、国際昆虫学会(ICE、韓国)、日本生態学会(静岡)、日本応用動物昆虫学会(関東地方)、現地調査・採集 3.試薬類の購入(作業の外注を含む)、論文投稿関連経費(400,000円程度)。1.の支出を抑えることができた場合、3. の経費へと上乗せする。
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