本研究では、多型の頻度クラインを利用し、体色の進化における隠蔽・温度適応・体サイズの間のトレードオフ解明を試みた。ハラヒシバッタでは、オスの一部で黒紋を持たないという、性に依存した色斑多型がみられる。隠蔽色である黒紋の有無は、どのような要因により決まっているのだろうか?黒紋を持つオスの割合が温暖な低緯度地方ほど低いこと、および、黒紋は輻射熱によるオーバーヒートのリスクを増大させることから、黒紋の有無は温度環境と関連があると推測された。一方、体サイズが大きいバッタほど目立つため、黒紋によって隠蔽する重要性が増す。また、オスより大きいメス(性的サイズ二型)は、ほとんどの個体が黒紋を持つ。これらのことから、黒紋の有無は体サイズとも関連する可能性が考えられた。 平成24年度までに、オスの黒紋型頻度は温暖な環境(低緯度・低標高)ほど有意に高くなることが明らかとなった。これにより、温暖な環境ほど黒紋による体温上昇のコストが大きくなるため、オスの黒紋が消失しやすいという仮説が支持された。 平成25年度は、オスの体サイズがメスに比べて小さい個体群ほど、オスはメスに比べて目立ちにくく、オスは黒紋によって隠蔽度を高める必要性が薄れるため、オスの黒紋は消失しやすいという仮説を検証した。その結果、オスの黒紋型頻度は、性的サイズ二型の程度との関連を示さなかった。以上3年間の結果より、ハラヒシバッタのオスの黒紋におけるトレードオフは、体サイズ増大による隠蔽度低下よりも体温調節(輻射熱によるオーバーヒートのリスク)の影響を強く受けていることが示唆された。 さらに本研究は、北東北地方の八甲田山・岩木山におけるハラヒシバッタの翅型多型について、1.長翅型頻度が40%程度に達する、2.長翅型頻度はメスの方が有意に高い、3.高標高ほど長翅型頻度が高い傾向にある、4.晩夏~秋に長翅型頻度が高くなる、を見出した。
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