本課題では,モデル植物シロイヌナズナに近縁な野生種で,極めて幅広い標高帯に渡って分布するミヤマハタザオ(Arabidopsis kamchatica subsp. kamchatica)を対象とし,標高適応の機構を遺伝子レベルから明らかにすることで,環境変化が生物に与える影響を進化的な視点から理解しようと試みる.これまでの研究によって,さまざまな生活史特性が標高によって遺伝的分化していること,幾つかの機能遺伝子において標高によって塩基頻度が著しく異なる塩基多型サイトが明らかになっている.そのような遺伝子の1つであるPHYB は,赤色・遠赤色光受容体をコードする遺伝子群の1つであり,光センサーの役割を果たすことから花芽形成や発芽などの様々な生理反応に関与することが知られている.そこでH25年度は,PHYB遺伝子に対する自然選択の影響を集団遺伝学的に検討した. ミヤマハタザオは,A. halleriとA. lyrataの交雑に由来する異質倍数体であるため,2つの親種に由来する相同遺伝子(ホメオログ)のペアを保持している.そこでPHYBについて,A. halleriに由来するホメオログ(Ahaホメオログ)と A. lyrata に由来するホメオログ(Alyホメオログ)の塩基配列の全長を決定し,その塩基多型パターンを解析した. その結果,PHYBの重複遺伝子において,Alyホメオログでは機能を維持するような安定化淘汰が示唆され,Aha ホメオログでは正の自然淘汰が示された.Ohno (1970)は,重複遺伝子では機能的な余剰性によって単一の遺伝子よりも早く変異が蓄積されることが生物進化の駆動力の1つになるという仮説を提唱している.今回の結果は,ミヤマハタザオが示す多様な適応現象を遺伝子重複によって説明できる可能性があることを示す.
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