研究課題/領域番号 |
23770022
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研究機関 | 大阪教育大学 |
研究代表者 |
乾 陽子 大阪教育大学, 教育学部, 准教授 (10343261)
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キーワード | 植物擬態 / 化学擬態 / 葉面ワックス / アリ植物 / シジミチョウ |
研究概要 |
前年度に明らかになった,好蟻性というよりもむしろ客蟻性を示すムラサキシジミ属の1種について,前年度は,通常昆虫が体表に有する皮脂の主成分である炭化水素群が欠落しており,かわりに非常に珍しい物質が存在することを示したが,今年度はこれらの成分の特定に至った。マススペクトルパターンから構造を絞り込み,合成品を探索していくつかを入手し,これらを同条件で分析してフラグメントパタンを比較して決定した。その結果,いくつかのトリテルペノイドであることが判明し,調査の結果,植物の表面ワックスに知られる物質群であった。本種が食するアリ植物の分泌物であるフードボディを大量に集めて表面成分を抽出・分析したところ,同じ組成が検出された。さらに,寄主のアリ植物の葉や茎の表面成分を乾式拭きとり法にて抽出・分析したところ,やはり同じ成分が得られた。さらに入手できた合成品を用いて,バイオアッセイを行ったところ,寄主のアリは,同属の他の植物アリ種に比べてもともとそれほど攻撃性は高くないものの,これらトリテルペノイドの存在によって,さらに攻撃の頻度を低下させることが分かった。 これらの結果から,このムラサキシジミは非常に高度な植物擬態を果たしている可能性が高くなった。このような植物ワックスに特異的成分で化学擬態を示す例は昆虫からはいままで知られていない。 本年度は炭化水素群の4種比較の論文を投稿に至ったものの,やはり本種が炭化水素を欠落しているという事実は常識的に受け入れられ難く,受理まで難航している。しかし,上記のトリテルペノイドの同定結果と,アリ行動実験の結果を追加することで,本種が炭化水素によらない化学擬態を行っていることがより明確化できる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
シジミチョウ属の4種の化学擬態戦略は,同属内の種間で非常に多彩であることが判明した。もともと炭化水素群に注目してきたため,予想は異なる戦略である可能性が高い事がわかったわけだが,従来知られてきた好蟻性昆虫の化学生態の知見を覆す発見であり,昆虫の化学戦略が考えられていたよりもずっと多様化していることを示しうる結果が得られているためである。昆虫には珍しい物質群であったため同定作業に想定外の時間がかかったことと,論文の査読にも著しく想定外の時間がかかっている(現時点で投稿から9ヶ月を要しているがいまだ査読側で議論が分かれているため)ことが難点としてあげられるものの,いずれも新規性の高い発見に至った結果であり,順調に進展していると言ってよいと考える。
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今後の研究の推進方策 |
今後は本課題の最終年度を迎えるため,期間内にこれまでに得られた結果の成果として多数の論文発表を第一の目標にする。ムラサキシジミ属の化学戦略については,新規の発見を軸に,まず懸案の炭化水素群の比較の成果を掲載に至らせ,客蟻性種の植物擬態でもう1編を急ぎとりまとめる。合成品を用いた行動試験は,寄主アリ種のみで行ったが,この種がもともと攻撃性が低かったため,行動評価が難しい試験となった。このことから,残りの合成品を用いて,より好蟻性の高い近縁アリ種に対しても,葉面ワックス成分による被隠効果があるかを調べる。着生シダ営巣型のゴキブリの化学戦略については,炭化水素群の動態がほぼ判明したのでこれを発表する。
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次年度の研究費の使用計画 |
予定していた国内旅費(学会発表等)について,その一部を本務先大学の基本予算で賄うことが可能となったこと,また分析器の運転用キャリアガス(ヘリウム)の供給が世界的に落ち込み回復が遅いことから省ガス運転などで対応し,ガスの追加購入を見送ったことなどによる。 供給は未だ不安定で納期は長い見込みがあるものの,残量が尽きかけているためガスの追加購入を行う。また想定以上にコスがかかり,今後もかかりそうな品目として論文作成があるので,英文校閲費用等に充てる。
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