ジフテリア菌は、宿主の鉄濃度を感知し、その鉄を菌体内へ取り込むことによって、病原性因子の合成に役立てて、感染・増殖している。その際、ジフテリア菌の生体膜上に存在する二成分情報伝達系の膜タンパク質ChrSが鉄濃度を感知して、自身のレスポンスレギュレーターChrAに情報伝達していることが、遺伝学的に明らかにされていた。 本研究では、このChrS-ChrAシステムを「生体鉄感知システム」と見なし、このシステムの作用機構を明らかにするために、原子レベルで解析を行った。具体的には、(1)新規生体膜モデルであるナノディスクへの膜タンパク質ChrSの再構成に成功した。 (2)(1)により、より粒子径が小さく、光散乱の少ない試料を得られたので、分光測定が可能となった。そこで、ChrS結合前後の鉄(ヘム)の状態を検出した。 (3)構成的に高い自己リン酸化活性を示したChrS変異体もナノデイスクへ再構成して、ヘムの分光測定を行った。 (4)X線小角散乱によるChrSの構造変化の検出に取り組んだ。 (5)(4)と並行して、ChrS/A膜タンパク質複合体の結晶化に取り組んだ。しかし、本申請研究期間内に構造解析までには至らなかった。 (6)(1)~(5)より、膜タンパク質ChrSが第一膜貫通領域に存在するHis21を軸配位子としてヘムを配位結合することで認識して構造変化し、そのシグナルをリン酸基転移によりChrAへ伝達する「生体鉄感知システム」作用機構のモデルを立てた。 (7)更に、生体イメージングの手法を取り入れる方向で、研究を進め始めたところであった。 以上の結果は、細胞膜上でのシグナル受容研究の進展に貢献し、また新規抗菌剤開発の貢献へつながり、生物学的に意義があると考えられる。
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