本研究課題は、近年進展の著しいエピジェネティクスの観点から糖鎖合成に関わる遺伝子の新たな調節メカニズムを明らかにすることを目的としている。特に、糖転移酵素の組織特異的な発現に着目し研究を行った。今年度は、脳に特異的に発現しているGnT-IXと呼ばれる糖転移酵素に目をつけ、他のユビキタスな糖転移酵素と比較することによって、脳特異的なGnT-IXの発現を規定する新規エピゲノム因子の同定を目指した。 申請者らの以前の研究で、GnT-IX遺伝子周辺のヒストンのアセチル化が脳特異的なGnT-IX遺伝子の発現に必須であることが分かっていたため、培養細胞系における強制発現とノックダウンの手法を用いて、GnT-IX遺伝子のヒストンのアセチル化を制御する因子の同定を試みた。その結果、HDAC11と呼ばれる、これまで機能がほとんど知られていない酵素が、GnT-IX遺伝子ヒストンの脱アセチル化と発現抑制に関わることが分かった。 さらに、別のヒストン修飾であるO-GlcNAcと呼ばれる翻訳後修飾に着目した。O-GlcNAc修飾を担うOGTと呼ばれる酵素は、TETと呼ばれる分子と複合体を形成して、遺伝子のクロマチンに集積し、遺伝子発現を正に調節するという機構が近年明らかにされた。本研究により、OGTやTETをノックダウンすることによって、この複合体がGnT-IX遺伝子の発現を正に調節していることが明らかになった。さらに、これらの因子の作用によって、NeuroD1と呼ばれる神経特異的な転写因子がGnT-IXプロモーターに結合しやすくなることもわかった。 以上の結果から、GnT-IX遺伝子の組織特異的な発現には、HDAC11によるエピジェネティックな抑制、OGT-TETによる活性化、さらに転写因子NeuroD1の結合が複合的に作用することによって制御されることが分かった。
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