研究課題/領域番号 |
23770175
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研究機関 | 千葉工業大学 |
研究代表者 |
山本 典史 千葉工業大学, 工学部, 助教 (30452163)
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キーワード | アミロイド病 / プリオン病 / アルツハイマー病 / 分子動力学法 / シミュレーション / レプリカ交換法 / 多変量解析法 / カーネル法 |
研究概要 |
アミロイド病は特定のタンパク質が多数凝集し線維状の構造物(アミロイド)を形成することが原因で発症する疾患の総称である。アミロイド病の初期過程では病原タンパク質の一部が変性した過渡的中間体(アミロイド形成中間体)がアミロイドの伸長・伝播を仲介する役割を担うと考えられる。しかし、現在のところ、アミロイド形成中間体の構造情報を明確に同定する実験手法は確立されていない。本研究課題では、分子シミュレーションとデータ分析を基盤として、アミロイド形成中間体の構造解析に取り組んでいる。 本年度は、プリオン病の病原分子であるプリオンタンパク質を対象として、カーネル多変量解析法を用いた構造解析に取り組み、複数の変性条件下における自由エネルギー地形の特徴的構造を解明することに成功した。たとえば、構造解析の結果、温和な条件・変性剤添加・酸性条件下の各シミュレーションで得られた構造状態は、いずれも、二峰性の状態分布を持つことが明らかとなった。これらのピークに対応する構造状態は、プリオンタンパク質が有する3箇所のヘリックス領域のうち、Helix A の末端3残基部分が「ヘリックス構造を有する状態」と「ヘリックス構造がほどけた状態」の2種類であった。これら2種類の構造状態の自由エネルギー差は約 1 kcal/mol であり、両者を隔てる自由エネルギー障壁も高々 3 kcal/mol 程度であった。このことから、これらの2種類の構造状態は、生物物理化学的な実験では区別なく観測・測定されていると考えられる。本研究で取り組んだ構造解析によって、はじめて、自由エネルギー地形上ではこれらの2種類がエネルギー障壁で互いに隔てられていることが明らかとなった。これまでの手法では抽出が困難であった「自由エネルギー地形上の隠れた構造」の解明が、今後、異常型形成中間体の構造状態・産生条件の解明に繋がる知見になると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題は、分子シミュレーションとデータ分析を基盤として、アミロイド形成中間体の構造解析に取り組み、アミロイド病の基本的な病態機序を解明することを目的とする。 本年度は、昨年度に引き続き、プリオンタンパク質の異常型形成中間体の解析に取り組んだ。昨年度、タンパク質の構造状態を司るパラメータ(変性剤濃度・pH・温度など)を体系的に変化させながらレプリカ交換分子動力学シミュレーションを実施し、プリオンタンパク質の変性構造を網羅的に収集した。本年度、得られた莫大な構造情報を対象として、カーネル多変量解析を用いた構造解析を実施し、プリオンタンパク質の異常型形成中間体の特徴を明らかにした。カーネル多変量解析はカーネル関数(データ間の類似度を測る指標)を用いてデータ空間の複雑な相関構造を抽出する方法である。更に、本研究の実施過程において、タンパク質立体構造を効率的に分類・評価する方法として二次構造情報を基軸とする新たなカーネル関数を設計し、アミロイド形成中間体の特徴的を適切に同定する方法の基礎を確立することができた。 これまでの研究過程で用いた計算科学の各手法は、プリオンタンパク質以外のアミロイド原性タンパク質(トランスサイレチン、β2ミクログロブリン、リゾチウムなど)に対しても、アミロイド形成中間体を解析する中心的な指針になり得ると考えている。したがって、現在までのところ、アミロイド形成機構の解明を目標とする本課題は、目標達成に向かって順調に進展している。
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今後の研究の推進方策 |
現在までの手法に基づき、アミロイド形成中間体の構造情報を解析する技術基盤を確立する。確立した方法を用いて、トランスサイレチン(家族性アミロイドーシスの原因)・β2ミクログロブリン(透析アミロイドーシスの原因)・リゾチウムを対象として、各々のアミロイド形成中間体の具体的な構造状態および生成条件の詳細を明らかにする。同定した各々のアミロイド形成中間体に共通する構造的特徴(例:変性部位に含まれるアミノ酸配列モチーフ)などから総合的に判断することで、アミロイド病の基本的なメカニズムを明らかにする。さらに、各々のタンパク質とアミロイド形成阻害剤の相互作解析に取り組むことで、アミロイド形成中間体の制御機構を明らかにし、アミロイド病治療法の合理的な設計開発のための手掛かりを得る予定である。 近年、プリオンタンパク質に対する異常型形成阻害剤(GN8)が発見され、細胞実験・動物実験での薬物効果が既に立証されている。そこで本研究では、今後の計画として、プリオンタンパク質とアミロイド形成阻害剤の相互作用解析に取り組み、アミロイド形成中間体の制御機構を明らかにする予定である。具体的には、プリオン形成中間体の生成条件下において、GN8が結合したタンパク質複合体の分子動力学シミュレーションを実行することで、タンパク質単量体の場合と同様に変性状態の収集・分類を行う。化合物の結合前後で、プリオン形成中間体の存在量がどのように変化するのかを定量的に調べることで、阻害剤の作用機序とプリオン形成中間体の制御機構を明らかにする予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
本年度、研究代表者の所属変更などの事情が重なり、解析結果の最終検証に時間を要したことで、論文投稿に必要な時間を十分に確保できなかった。このため、論文投稿費用として計上した一部研究費について次年度への持ち越しを行った。持ち越しを行った研究費については、今年度、論文投稿費用として使用する計画である。
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