プリオン病は,ヘリックス構造に富む正常型プリオンタンパク質PrPCがストランド構造に富む病原性異常型PrPScに変化した結果,複数のPrPScが凝集することで分子間β-シート構造を骨格とするアミロイド線維を形成し,脳内に沈着・毒性化することで発症する.プリオン病の初期過程では,PrPCの一部分が変性した過渡的中間体PrP*がPrPScへの構造変化を橋渡しする役割を担う.したがって,プリオン病の機序を解明するための手掛かりは,タンパク質の特異な変性構造(アミロイド形成中間体PrP*)にある.しかし,PrP*の具体的構造状態を明確に同定する手法は確立されていなかった.アミロイド病の発症機構を解明するためにも,PrP*の構造状態を明らかにすることは重要な課題であった.本研究は,PrP*の構造解析に取り組み,プリオン病およびアミロイド病の病態機序を明らかにすることを目的とした.この目的を達成するため,PrP*の構造的特徴を抽出する手段として,二次構造情報に基づく新しいカーネル主成分分析(SSPCA; Secondary Structure PCA)法を開発した.SSPCA法を用いてプリオンタンパク質を解析した結果,アミロイド形成中間体PrP*の有力な候補として,PrPCの構造の一部がヘリックス→ストランド転位した特徴的な変性状態を明らかにした.正常型構造PrPCとアミロイド形成中間体PrP*の自由エネルギー差は6.32 kJ/molであり,1 MのPrP*に対して0.07 Mの割合でPrP*が共存することを明らかにした.PrP*に対応する構造をみると,ヘリックス→ストランド転移した領域が分子間β-シート構造を形成することで,ホモ多量体PrP*/PrP*やヘテロ多量体PrP*/PrPScなどを形成し得ると予想される.PrP*の存在量自体は少ないが,このようなプリオンオリゴマー形成がアミロイド形成において基軸的役割を果たすと考えられる.
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