ヘテロクロマチン領域でDNA損傷が生じた場合、損傷応答因子であるATMの活性化にヒストンH3の9番目のリジン(H3K9)のメチル化修飾が必用であることが報告されている。しかし、細胞内の二本鎖DNA切断損傷は比較的緩やかな構造を取るユークロマチン領域内でも多く発生している。そこで本研究では、DNA損傷におけるユークロマチン領域のエピジェネティックな制御機構の解析を行なった。その結果、以下の知見を得た。 1)動物細胞を用いて、ユークロマチン領域のH3K9メチル化酵素であるG9aをノックアウトした場合の損傷に対するATMの活性化速度を検証した。その結果、ATMの活性化は低下するどころか、むしろ促進されていた。この表現型は、ヘテロクロマチン領域の場合とは逆である。そのため、ユークロマチン領域にはヘテロクロマチン領域とは異なるゲノム安定性の維持機構が存在することが示唆された。 2)そこで、ユークロマチン領域における新規の制御機構を明らかにする為にG9a欠損細胞における他のヒストン修飾への影響を検討した。その結果、G9a欠損細胞ではヒストンH3の56番目のリジン(K56)のアセチル化修飾に増加傾向がみられた。これまでに、H3K56アセチル化の亢進はゲノムの不安定性や細胞の癌化との関連が報告されている。さらに、H3K56のアセチル化と競合する可能性があるH3K56のメチル化レベルを解析したところ、G9a欠損細胞ではこれが低下していた。また、G9aは直接的にH3K56をメチル化することが示唆された。以上のことから、G9aはH3K56のメチル化を通してアセチル化の亢進を抑制することにより、ゲノムの安定性に寄与することが考えられる。
|