本研究では、ショウジョウバエ胚の気管原基の陥入過程をモデル系に用い、ライブ観察と遺伝学的および薬理学的操作を融合させた解析を主軸として、M期進入に伴う細胞球形化の役割の解析を行った。本年度は、UVパルスレーザーを用いた局所破壊実験を用いることで、気管原基ではEGFRシグナル制御下において周辺から陥入中心に向かう圧力が生成されている事を明らかにした。これにより、細胞分裂期進入前には陥入中心に位置する細胞がこの内向きの圧力に抵抗することで陥入のための圧が蓄積すること、分裂期球形化が圧力を解放する事によって効率的な陥入運動が達成されていることが考えられた。 また、細胞分裂過程がEGFRシグナル系とは独立に陥入を促進できることもこれまでに明らかにしていた。細胞分裂は気管原基周辺の上皮細胞でも同様に起こるが、分裂と同期した陥入運動は気管原基でのみ観察される。つまり、気管原基には陥入に寄与する未知の性質がEGFRシグナルとは独立に備わっていることを示唆していた。この陥入に寄与する新規遺伝子の候補を同定するために、マイクロアレイ解析により気管原基細胞決定因子であるtrh vvl変異体とrho(EGFRシグナル)変異体でのトランスクリプトームを比較した。その結果、野生型、rho変異体と比較してtrh vvl変異体において優位に発現量が低下する遺伝子が複数同定され、すでに気管細胞で発現する事が知られている遺伝子もいくつか含まれていた。また、陥入前の気管原基で発現が観察される遺伝子の変異体の解析を行ったところ、陥入運動に異常が見られるものが一つ同定された。これらの候補遺伝子は、なぜ気管原基では細胞分裂過程を経ることにより陥入構造へと変換されるのか、さらには細胞分裂を繰り返す他の上皮組織はどのようにして平らな上皮組織を保っているのかという問題を解決していくための重要なきっかけになると考えられる。
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