霊長類の進化において鼻の形態は分類群の定義となるまでに重要である。また一方で、現生の霊長類の生態は夜行性・昼行性を含み多様である。これらの二つの要素と霊長類の嗅覚がどのように関わりながら進化してきたのかを明らかにするため、嗅覚受容体遺伝子の比較解析を行った。 霊長類で最も古い時代に分岐した曲鼻猿類と直鼻猿類の二大分類群間では、曲鼻猿類のゲノム配列を用いた化学感覚受容体遺伝子の研究は依然として不十分であった。新たに霊長類8種のゲノムデータから網羅的に嗅覚受容体遺伝子を同定し、これまでに解析を行った7種の霊長類データとあわせたゲノム比較解析を行った。さらに、夜行性と昼行性、鼻の構造の変化(曲鼻猿類/直鼻猿類)の代表種となりうる4種の霊長類について、遺伝子領域に限ったゲノム配列であるエキソームデータを大規模シークエンサーによって解読し嗅覚受容体遺伝子を比較した。これらの解析の結果、曲鼻猿類のほうが直鼻猿類よりも多くの嗅覚受容体機能遺伝子を持つことが示唆された。視覚との相関から嗅覚の重要度が異なると想像される夜行性と昼行性の生態の変化よりも、曲鼻/直鼻猿類という鼻の形態・機能の変化が嗅覚受容体遺伝子の進化に強く影響し、曲鼻猿類の嗅覚への依存度が高いことが示唆された。 また、霊長類を含む哺乳類のゲノム比較解析によって、哺乳類における霊長類の嗅覚受容体遺伝子のレパートリーを詳細に比較した。霊長類の嗅覚受容体遺伝子のレパートリーは他の哺乳類に比べて非常に少なく、また遺伝子の重複も少ないことから、霊長目は大きく嗅覚機能を失っていることが示唆された。この解析の過程で相同遺伝子群を網羅的に抽出し、哺乳類全般に保存されていると推定する嗅覚受容体遺伝子グループを同定することで受容体のリガンド探索への道を切り拓いた。
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