研究課題/領域番号 |
23780159
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研究機関 | 三重大学 |
研究代表者 |
松尾 奈緒子 三重大学, 生物資源学研究科, 講師 (00423012)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 水利用効率 / 気孔コンダクタンス / 土壌塩類集積 / isotope enrichment |
研究概要 |
葉の長期的な水利用効率と蒸散量をそれぞれ反映するとされる葉の炭素・酸素安定同位体比を用いた塩生植物の耐塩性の評価を目的とし、ビニールハウスで育てた塩生植物(タマリスク、ヒルギダマシ、ヤエヤマヒルギ)の苗木を用いた塩水付加実験を行い、長期的な塩分ストレスに対する葉の炭素・酸素安定同位体比の応答を調べた。その結果、高塩分条件下で育てた苗木ほど高い塩分濃度に起因する吸水阻害に対し、気孔を閉じて蒸散抑制していたこと、その結果として水利用効率が上昇し、葉の安定同位体比が上昇したことが示された。したがって、葉の炭素安定同位体比が塩分ストレスによる吸水阻害の評価に利用可能であることが確認できた。一方、ポロメータを用いて測定した蒸発散量は高濃度区の苗木で低下していたが、長期平均的な蒸散量を反映するとされる葉の酸素安定同位体比には濃度間で差がなかった。この不一致の原因として、塩分ストレスによる葉の細胞構造の変化の影響と塩腺からの塩分泌の影響の2つの可能性について検討した。ヒルギダマシとヤエヤマヒルギの実験結果については現在解析中である。また、研究協力者から得た中国新疆ウイグル自治区の塩類集積地において採取された塩生植物サンプルの分析を行った結果、葉の炭素安定同位体比と土壌表層のNaイオン濃度や葉組織中のNaイオン濃度の間には関係がないことがわかった.根や葉の形状、植物体内のイオン濃度や比率、葉組織中のベタイン濃度などの観測結果から、土壌深くまで根を伸ばして塩分低濃度の土壌深層水を利用する、根でイオン選択する、多肉葉に適合溶質を蓄積して浸透圧を高めることで塩分高濃度の水を吸収するなどの方法で塩分高濃度の土壌表層水に起因する吸水阻害を緩和していたため、葉の炭素安定同位体比が土壌表層の塩分濃度に対して応答していなかったと考えられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題の目的は乾燥地植物の耐塩性の評価を野外で行うための手法を確立することにあるため、中央アジア・ウズべキスタンのキジルクム砂漠の塩類集積地において現地観測を行う予定であった。しかし、2か月間と短い乾燥地植物の活性の高い時期までに準備が間に合わなかったため、中止・延期することになってしまった。そこで、当初より代替案として挙げていた塩生植物の苗木を用いた塩水付加実験を行った。野外では調査プロット間で土壌塩分濃度の他にも水分・温度などに違いがあるため、安定同位体比に影響を及ぼす可能性がある。それに対し、実験では塩分以外の環境を同一に揃えることができ、塩分濃度の違いに対する葉の安定同位体比の応答のみを抽出することができ、よりクリアな解析を行うことができた。ただし、苗木を用いた室内実験の結果を野外にそのままあてはめることはできないため、野外の成木を対象とした解析が不可能である。これに関しては研究協力者や申請者の属する他プロジェクトから新疆ウイグル自治区・アイディン塩湖近辺の塩生植物数種のサンプルとエジプトおよびスーダンのヒルギダマシのサンプルを入手することができ、解析を行うことができた。このように観測方法に関して変更があったものの研究は予定どおり進行させることができた。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題では乾燥地植物の耐塩性としてA)塩分回避、B)塩分排出、C)塩分耐性の評価を安定同位体比を用いて評価することを目指している。平成23年度の研究により、A)の塩分濃度の低い地下水や結露水の利用、土壌表層の塩分濃度の低下する雨季のみ成長、B)根のカスパリー腺による濾過、C)水利用効率の上昇に関しては葉と水の安定同位体比とイオン濃度からおおむね評価することができた。平成24年度はA)気孔閉鎖による水分・塩分吸収量の抑制とC)適合溶質蓄積による浸透圧調節の評価に取り組む。まず、葉に塩腺を持つヒルギダマシ(Selt secretor)と持たないヤエヤマヒルギ(non secretor)を用いて平成23年度の予備実験よりも測定項目を増やした塩水付加本実験を行う。平成23年度のタマリスクを用いた実験の結果見られた塩分高濃度への対応としての気孔閉鎖が葉の酸素安定同位体比に反映していなかったことについて、蒸散量、光合成量、塩分泌量、葉の細胞構造等のデータを用いて考察する。それにより、葉の酸素安定同位体比を用いてA)気孔閉鎖による水分・塩分吸収量の抑制を評価する際の適用可能条件を明らかにする。また、ウズベキスタン・キジルクム砂漠で観測を行い、上に挙げたA)B)C)の各項目について評価を行う。特に、葉、茎、根の窒素安定同位体比とイオン濃度と土壌中の有機態窒素、硝酸態窒素、アンモニア態窒素の窒素(・酸素)安定同位体比を測定し、C)適合溶質蓄積による浸透圧調節の評価を目指す。この他にもスーダンのヒルギダマシのサンプルが入手できる予定である。これらにより、乾燥地植物の耐塩性の評価手法を確立する。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度に使用する30万円を含む60万円を調査旅費として使用する。全研究費のおよそ6割を安定同位体分析と化学分析に必要な試薬・器具等の消耗品の購入に使用する。残りは謝金と英文構成費、測定機器の修理代に使用する。
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