本研究では、赤潮の発生機構を解明するため、その原因生物による新奇なリン源獲得経路を明らかにすることを目的とする。具体的には、海洋に広く豊富に溶存することが近年明らかになりながらも、原因生物のリン源としては検討されていない有機リン化合物「リン酸ジエステル」に着目し、それを原因生物が分解・利用できるのかを厳密な培養実験によって明らかにしようとした。最終年度は、海洋植物プランクトン培養株の「リン酸ジエステル」分解活性と利用能を明らかにし、研究期間中に得られた成果と総合することで、赤潮原因生物の新奇リン源獲得経路を考察した。 培養試験に供した多くのプランクトンの中で、ノリの色落ちを引き起こす珪藻Rhizosolenia setigeraあるいはChaetoceros属などの赤潮原因藻から「リン酸ジエステル」の分解を担う酵素活性を検出することに成功した。この活性は、環境水中の無機態リンが不足した条件下で顕著に増大することがわかった。当該酵素を有する種は、無機態リンと同等に「リン酸ジエステル」を利用可能なことが判明した。一方で、プランクトン種間で当該酵素の活性・基質特異性ならびに「リン酸ジエステル」利用能は大きく異なることがわかった。これらのことより、いくつかの赤潮原因プランクトンは、無機態リンが枯渇しやすい海洋環境下にて、有機リン化合物「リン酸ジエステル」を分解・利用できることがわかった。また、当該分解活性が高く「リン酸ジエステル」化合物を幅広く利用可能な種は、利用能を有しない種よりも「リン酸ジエステル」から多くのリン源を速やかに獲得できる可能性があり、リンを巡る競合において有利かもしれない。 以上、本研究で得られた結果から、有機リン化合物「リン酸ジエステル」が、赤潮という植物プランクトンの大増殖現象に深く関わる可能性を世界に先駆けて明らかにすることができた。
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