本研究の目的は、水質保全・生態系保全・災害リスク軽減・貧困削減など多面的視点から生態系サービスの支払制度(Payment for Ecosystem Services: PES)を拡張し、途上国の持続可能な流域管理に向けた制度設計をおこなうことである。そこで本研究では生態系の劣化、農業生産の減少、洪水リスクの増大などが顕著な問題となっているフィリピンのサンタ・ロザ流域を対象に、PESの有効性の実証研究をおこなった。 具体的な成果は以下の通りである。まず生態系サービスの供給者(上流域の農家)を対象に、聞き取りおよびアンケートにもとづくPESへの参加と、保全型農業としてのアグロフォレストリーへの移行に関する受入意志の調査をおこなった。離散型選択モデルによる推計の結果、多くの農家はPESに参加して慣行農法からアグロフォレストリーに移行する意志を有していることが示された。PESを受け入れるために最低限必要な金額は農家により大きく異なり、その水準は農地の生産性、地理的条件、生態系サービスに対する認識などが有意に影響していることが明らかとなった。また、将来に対する不確実性を回避するため、多くの農家は比較的短期間の契約を選好することが示された。 次に、本研究では生態系サービスの需要者(下流域の一般世帯)を対象に、表明選好法にもとづくアンケートをおこない、PES制度に対する支払意志額を推計した。その結果、所得の水準に関わらず多くの世帯はPESに対する支払意志を有しており、流域全体での合計額はPESを実際に運営するうえで十分な水準にあることが示された。ただし、多くの住民は生態系サービスのなかでも洪水リスクに対する関心が強く、防災・減災としてのPESに対して特に需要が高いことが明らかとなった。この点にも留意したPESの制度設計が、社会的便益を最大化するために望ましいものと考えられる。
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