本研究は,植物を利用した迅速かつ安価なワクチン生産法として早期の実用化が期待できる一過性遺伝子発現法において,「植物の生理状態をワクチン生産にとって好適にする」というコンセプトのもと,これまでまったく試みられることのなかった栽培環境調節を行うことで,ワクチン生産性の向上を図ろうとするものである。ここで,一過性遺伝子発現法とは,植物ウイルス (あるいはその遺伝子) の機能を利用することで,植物に一過的に外来遺伝子を発現させる方法である。本年度は,植物にワクチンおよびウイルス遺伝子を導入する前,導入中,および導入した後の環境がワクチン含量に及ぼす影響を調べた。生産するワクチンタンパク質にはA型インフルエンザウイルス (H1N1) 由来のヘマグルチニン (HA) を,また供試植物にはベンサミアナタバコを用いた。1) 遺伝子導入前に高窒素濃度の液肥を施用することによるHA含量増大効果について検討したが,明瞭な傾向は確認されなかった。2) 遺伝子を導入する手法である,アグロバクテリウム懸濁液を用いた植物体地上部の減圧浸潤法において,植物体葉面における懸濁液浸潤面積を定量化する手法を開発した。この手法を用いて,従来の減圧浸潤法では植物体葉面に懸濁液が必ずしも均一に浸潤せず,したがって減圧浸潤法に改良の余地のあることを明らかにした。3) 前年度に続き,遺伝子導入後の気温がHA含量に及ぼす影響を調べた。遺伝子導入後の気温が20および25℃の場合では,HA含量の経時変化のパターンやピークに達するまでの日数が異なることが明らかとなった。時間あたりのHA生産量を最大化するには,適切な気温調節と収穫タイミングを組み合わせた栽培体系の確立が必要であることがわかった。これらの結果の一部を国内学会年次大会で発表するとともに,前年度に得られた成果を査読付学術雑誌への投稿論文としてまとめ,受理,出版された。
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