研究課題
卵子の凍結保存は,効率的な個体作出が可能となり,動物生産に利用される重要な技術であるが,凍結保存後の卵子は品質が低下し多くが死滅することが問題であるが,細胞死に至るメカニズムは不明である.そこで,産業動物として重要なウシを対象として,卵核胞期卵子の凍結法を改良することを目的として,凍結卵子の特徴を解析した.新鮮および凍結卵子を成熟培養後に遺伝子発現を調べた結果,アポトーシス(細胞死)を抑制する因子Bcl-2の発現は,新鮮卵と凍結卵で同程度であったにもかかわらず,アポトーシス誘導因子Baxの発現は凍結卵で高かった.これらのことから,凍結処理の刺激がミトコンドリアおよび微小管に作用して局在を変化させるとともに,アポトーシスが誘導されミトコンドリアの膜透過性亢進および機能低下が起こったと考えられる.そこで凍結法の改良として,卵丘細胞の一部除去によって凍結保護剤の浸透性を向上させ,細胞骨格安定剤であるサイトカラシンBまたはタキソールで凍結前に処理することで,凍結卵の成熟(受精可能な状態へ発育)および受精後の発育が向上する効果が得られた.凍結卵子が持つもう一つの問題が,受精能の低下である.成熟能を有する凍結卵子であっても受精率が低い一方で,受精した卵子の発生能は正常であり,受精の段階で何らかの障害が現れていると考えられる.そこで,卵子側の受精関連因子であるCD9の遺伝子発現を調べたが,新鮮卵と変化が見られなかったため,受精前に精子の前処理によって改善を試みようと考え,受精能が高い精子と低い精子の差異を解析することで,受精能を制御する因子を見つけ,前処理に適用することとした.初めに精子の受精能を正確に把握し得る指標を探索した.ウシ精子の性質を個体間で比較し,受精過程の雄性前核形成や卵子活性化に 精子運動パラメーターSTR(直線係数の平均値)との関係性が強いことが見出された.
2: おおむね順調に進展している
24年度は,当初の計画通りウシ卵核胞期卵子における凍結処理による遺伝子発現への影響を調べ,アポトーシス関連遺伝子における発現を明らかとし,凍結卵子が品質を低下させるメカニズムの一端を示した.さらに,凍結卵子の障害の一つでる低受精率の要因を解明するため,受精関連因子であるCD9の遺伝子発現をしらべ,差異は見られなかったものの,受精させる精子の性質を解析し,受精率を高めるアプローチを展開した.また,卵核胞期卵子の周囲に結合する卵丘細胞を一部除去することで凍結保護剤(脱水する効果によって凍結時の障害を軽減)の浸透性を高めるとともに,細胞骨格安定剤の処理によって受精卵の発育能を向上させることに成功し,25年度に計画していた凍結保存法の改良にも着手した.
24年度までの成果を踏まえ,引き続き遺伝子発現の差異を解析するとともに,凍結後のウシ卵核期卵における新たな成熟培養法を開発し,高い受精・発生率を実現する卵子の体外培養システムを構築する.第一に,凍結卵子ではアポトーシス誘導因子Baxの遺伝子発現が高かったことから,Bax抑制剤を凍結または培養時に処理する.また,アポトーシスの過程でBaxの後に作用すると考えられるカスパーゼの活性を調べ,抑制剤による効果を調べる.第二に,細胞骨格安定剤の処理によって受精後の発育能が向上したが,詳細な知見は得られていない.そこで,細胞骨格安定剤の処理がミトコンドリアやアクチンなどの細胞小器官にどのような変化をもたらすのか調べ,他の薬剤の使用も含め適切な処理法を開発する.第三に,種々の精子と凍結卵子を受精させ,それぞれの受精能やどのような段階に障害があるのか,卵子への精子侵入や前核形成を観察することで調べる.さらに,受精能が高い精子と低い精子における差異を,受精関連因子(膜融合など)の遺伝子発現について解析し,精子の受精前処理法を開発し,凍結卵子の受精率を高める.
遺伝子解析にあたり,遺伝子の発現や局在を解析するために,種々の酵素(10万円)および抗体(10万円),プライマー(5万円),蛍光色素等(5万円)の試薬類を購入する.また,本研究の基本となる卵子の凍結および培養に,プラスチック・ガラス器具(10万円)および培養液(5万円),その他消耗品(5万円)を使用する.さらに,研究成果を発表するために学会参加および学会誌投稿費,サンプル採取のための旅費等として20万円を計上する.
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PLoS One
巻: (掲載決定)(Epub 2013 Jan 23)
10.1371/journal.pone.0054312
宮城県獣医師会報
巻: 65 ページ: 125-128