研究課題
本研究は,プロトン共役薬物トランスポーターにおいて,基質輸送の本質である"基質の結合親和性の制御機構"を熱力学的観点から解明することを目的とする.本年度は,プロトン/オリゴペプチド共輸送系である大腸菌由来 YdgR の大量発現精製法の確立を行った.さらに外部 pH が YdgR/基質相互作用に及ぼす影響を等温滴定型熱量計(ITC)を用いて検討した.YdgR の大量発現精製法の確立・・・YdgR は,pET システムと OvernightExpress (Novagen) を用いることにより,1 L 大腸菌培養液から ~1 mg の精製 YdgR を得ることができた.等温滴定型熱量計(ITC)による YdgR 基質相互作用の測定・・・基質結合に伴うタンパク質内外のプロトン移動および真の結合反応熱を検討するため,緩衝液成分を変えた測定を行った結果,pH 6.0 では,基質結合に伴いプロトンが取り込まれることが示唆された.pH 7.0 でも同様の測定を行った結果,プロトン取り込みに関与するアミノ酸残基の pKa は,6.3 と予想された.緩衝液成分のイオン化熱を考慮することにより Val-Ala の YdgR に対する真の結合反応熱が算出でき,その相互作用は,pH 6.0 および 7.0 ともに少なくとも界面活性剤中ではエントロピー駆動型であり,脱水和の寄与またはコンフォメーションの多様性が大きいことが明らかとなった.pH の増加に伴い,結合親和性は増大し,またエントロピーの効果が小さくなった.このことから酸性では,Inward-facing の Closed state に,アルカリ性では,Outward-facing Open state に結合すると推察される.この結果は,対向輸送と逆であり輸送方向決定に関与している可能性がある.
2: おおむね順調に進展している
当初の計画では,YdgR の大量試料調製法,等温滴定型熱量測定法の確立に時間を要すると考えられ,プロトン共輸送と対向輸送の比較は平成24年度以降に行う予定であった.しかし,大量試料調製法の確立が予想以上に進展したため,計画を早めることができた.対向輸送系である EmrE の測定系も既に確立しているため,次年度以降,プロトン共輸送と対向輸送の熱力学的特徴に関して進展が望める.しかし本年度は,YdgR の熱力学的考察に時間を費やすこととなったため,EmrE の変異体による解析が進展していないことから,(2)おおむね順調に進展していると自己評価した.
本研究は,プロトン共役薬物トランスポーターの基質結合親和性の制御機構を熱力学的観点から解明し,プロトン対向輸送系と共輸送系の基質認識,輸送機構について相違点を明らかにすることを目的とする.初年度に両者のモデルタンパク質,EmrE と YdgR の等温滴定型熱量計による測定系の確立に成功した.次年度以降は,様々な基質や測定条件(外部 pH や緩衝液成分)および変異体による解析を推進し,より詳細な議論を可能にする.またプロトン輸送の経時測定系を確立し,熱力学パラメーター変化と薬物輸送サイクルとの関連を議論する.
本年度は,当初の計画を早め平成24年度実施予定であった YdgR の熱量測定を行ったため EmrE 変異体の測定は,実施しなかった.このため EmrE 試料調製に必要な無細胞タンパク質合成に関連する消耗品費を必要としなかったため,当該研究費が生じた.次年度では,EmrE と YdgR の両者を対象に研究を進めるため,無細胞タンパク質合成に必要な試薬に加え,YdgR 試料調製に必要な大腸菌発現用試薬も必要となる.また種々の基質の購入や変異体作製のための遺伝子工学試薬も必要となる.さらに消耗品費の大部分は,EmrE, YdgR 試料調製にともに必須である高価な界面活性剤ドデシルマルトシドおよびカラム担体の購入費に充てる.
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Biochemistry
巻: 50 ページ: 8888-8898
10.1021/bi2009932
Journal of Molecular Biology
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