研究課題
本研究は,プロトン共役薬物トランスポーターにおいて,基質輸送の本質である“基質の結合親和性の制御機構”を熱力学的観点から解明することを目的とする.対向輸送系,共輸送系のモデルとして,それぞれ大腸菌多剤排出タンパク質,EmrE,大腸菌オリゴペプチドトランスポーター,YdgRを選択し研究を進めている.昨年度までに,等温滴定型熱量計(ITC)により,EmrEまたはYdgRと基質との相互作用測定系を確立し,熱力学的パラメーターについて比較した.その結果,それらの結合親和性および駆動力のpH依存性は異なることを見いだした.そこで本年度は,EmrEにおける結合様式のpH依存性に寄与するアミノ酸残基の同定するために,変異EmrEと基質(テトラフェニルフォスフォニウムイオン、TPP+)との結合認識機構をITCにより解析した.E14QまたはD, E25Q変異体を,野生型と同様に無細胞タンパク質合成系を利用して調製した.精製量は,それぞれ0.7,1.2,1.0 mg/1mL反応液であり,ITC測定に十分な量の試料を調製できた.E14Qでは,結合に伴う熱量変化は観測されなかった.E14D, E25Qにおけるイオン化熱が異なる緩衝液での測定の結果,pH 6.5においてE14Dでは1分子のTPP+の結合に伴い0.76分子のH+が放出されることが分かり,Asp14は,脱プロトン化状態と考えられる.しかしE14DとTPP+結合のΔHbindは-6.8 kcal/mol,-TΔSは-2.8 kcal/molであり,野生型と同様にエンタルピー(ΔH)駆動型であった.一方,E25Qでは,pH7.4においてΔHの寄与が若干大きくなった(ΔH/ΔG; 0.26 (WT), 0.38 (E25Q)).従って,Glu25が,基質結合を駆動するエネルギー変化に関与していると考えられる.
2: おおむね順調に進展している
当初の計画では,YdgR の大量試料調製法,等温滴定型熱量測定法の確立に時間を要すると考えられ,プロトン共輸送と対向輸送の比較は平成24年度以降に行う予定であった.しかし,大量試料調製法の確立が予想以上に進展したため,計画を早め初年度に実施することができた.計画が前後したことにより本年度は,昨年度実施予定であった対向輸送系であるEmrE変異体による解析を行った.膜中に存在する唯一の荷電性アミノ酸残基であるGlu14は,基質結合に重要であるため,結合様式のpH依存性にも寄与していると考えていたが,予想に反して,Glu14の寄与は無く,Glu25の寄与を明らかにしたことは,当初の計画を上回る成果であった.次年度は,引き続き変異体による解析を行うことで,プロトン共輸送と対向輸送の熱力学的特徴に関して進展が望める.しかし本年度は, EmrE の変異体による熱力学的考察に時間を費やすこととなったため,野生型EmrEにおける大きなエントロピー寄与の相互作用をもたらす放出水分子の解析に着手できていないことから,②おおむね順調に進展していると自己評価した.
本研究は,プロトン共役薬物トランスポーターの基質結合親和性の制御機構を熱力学的観点から解明し,プロトン対向輸送系と共輸送系の基質認識,輸送機構について相違点を明らかにすることを目的とする.本年度までに両者のモデルタンパク質,EmrEとYdgRの等温滴定型熱量計による測定系を確立し,様々な基質や測定条件(外部 pH や緩衝液成分)およびEmrE変異体による解析を行った.最終年度は,EmrE変異体による解析をさらに進め,より詳細な議論を可能にし,基質輸送サイクルにおける役割および共輸送系YdgRとの相違点について詳細に検討する.さらに大きなエントロピー寄与についての解析も進め,その分子メカニズムについて議論する.
本年度は,EmrE変異体の測定を実施したため,EmrE変異体試料調製に必要な無細胞タンパク質合成,タンパク質精製に関連する消耗品費に充てた.YdgRの熱量測定に関連する大腸菌発現用試薬や基質などの消耗品費を必要としなかったため,当該研究費が生じた.最終年度は,これまでのEmrE変異体による解析を引き続き進める.さらにYdgRについて詳細な解析を行う予定である.従って次年度では,EmrEとYdgRの両者を対象に研究を進めるため,無細胞タンパク質合成に必要な試薬に加え,YdgR試料調製に必要な大腸菌発現用試薬も必要となる.また種々の基質の購入や変異体作製のための遺伝子工学試薬も必要となる.さらに消耗品費の大部分は,EmrE, YdgR試料調製にともに必須である高価な界面活性剤ドデシルマルトシドおよびカラム担体の購入費に充てる.また大きなエントロピー寄与の分子メカニズム解明のために,種々の炭素数のアルキル鎖を付加したトリフェニルフォスフォニウムイオンの購入費も必要である.
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