研究概要 |
生体内にはごくわずかに組織幹細胞が存在し,自己複製と分化を繰り返して臓器あるいは組織をメンテナンスすることにより,生体の恒常性を維持している.近年,がん組織においても自己複製および分化することができる幹細胞様の細胞集団「がん幹細胞」が発見されている.がん幹細胞の起源にはいくつかの経路が考えられるが,本課題では「幹細胞のがん化」について検討することとした.既に多くの研究で明らかとなっている強力な発がんイニシエーターである7,12-ジメチルベンズ(a)アントラセン(DMBA)がマウス胚性幹(mES)細胞に対して引き起こすDNA損傷や異物代謝酵素誘導,未分化状態への影響を検討した.これまでに,DNA損傷および異物代謝酵素誘導の程度をマウス胎児性線維芽細胞(MEF)と比較し,未分化状態にある細胞もDMBAによって異物代謝酵素が誘導され,DNA損傷が誘発されることを明らかにした.その損傷レベルはCyp1b1のmRNA発現レベルと相関していた。このDNA損傷が誘発される条件でmES細胞を培養すると未分化状態を維持するために必要ないくつかの遺伝子群が大きく変動し,用量依存的に発現低下を引き起こすことが明らかとなった.この時,mES細胞のコロニーサイズは対照群と比較して小さかったことから,mES細胞の細胞周期が停止していると考えられる.しかし,mES細胞の細胞周期を薬物を用いて停止させてもmES細胞の未分化状態に影響を与えないことが報告されており,このことから今回観察されたDMBAによる細胞周期の停止およびそれに続く未分化状態の破たんは,DNA損傷に起因するものであり,すなわち「幹細胞の品質保証機構」の一端であると考えられる.
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