内耳蝸牛内リンパ液のpH環境を整える機構の解明を目指した第一歩として、内リンパ液に接する上皮組織である血管条からmRNAを抽出し、RT-PCRによる実験を行った。発現を調べる対象として、細胞や組織におけるpH環境に影響を与えるH+やHCO3-の輸送体の発現を調べた。それにより、起電性Na+-HCO3-共輸送体の一つであるNBCe1-BのmRNAの血管条における発現が明らかとなった。NBCe1の別のスプライシングバリアントであるNBCe1-Aの発現は認められなかった。 続いて、NBCe1-Bの局在を調べる実験を行った。まず、血管条をコラゲナーゼ処理により分離した細胞をNBCe1に対する抗体で染色したところ、辺縁細胞でも中間細胞でもない細胞、すなわち基底細胞(あるいは線維芽細胞)に発現が認められた。さらに内耳の凍結切片を作成し、同じ抗体で染色したところ、基底細胞層と思われる細胞層に発現が認められた。 このNBCe1-Bの発現による内耳機能への影響を調べるため、内リンパ電位の測定を行った。基底細胞層が接する外リンパ液に、NBCe1-Bの阻害薬として最もよく使用されているDIDSを含む人工外リンパ液を灌流した。過去の報告ではDIDSの外リンパ液への適用は内リンパ電位に影響ないとされていたが、予想と反して、DIDSの灌流により内リンパ電位が減少するという結果が得られた。DIDSはNBCe1-B以外のトランスポーターやチャネルも非特異的に阻害するので、この結果は慎重に解釈しなければならない。 しかし、これらの結果から、本研究により、NBCe1-Bが内耳内リンパ環境の正常な維持のために重要な役割を果たしている可能性が示唆された。
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