近年、脂質メディエーターの生合成や分解・シグナリング経路の制御破綻が末梢性疾患の病因となることが証明されつつあるが、脂質の宝庫と言われる脳におけるシグナリング経路および生理学的・病態生理学的役割に関しては不明な点が多く残されている。本研究は脳細胞のうち最も多数を占めるアストロサイトに着目し、脂質メディエーターの及ぼす影響におけるTRPチャネルの役割について解析することを目的とする。本年度は引き続き、脂質メディエーターのうちスフィンゴシン-1-リン酸(S1P)に着目し検討した。S1P受容体のうちラット培養アストロサイトにはS1P1-3受容体が発現しており、S1Pの濃度依存的に一過性Ca2+応答と持続性のCa2+濃度上昇が観察された。S1P誘発Ca2+応答はS1P2受容体阻害薬のJTE013、S1P3受容体阻害薬のCAY10444の共処置により有意に抑制され、またTRPCチャネル阻害薬Pyr-2およびTRPC3選択的阻害薬Pyr-3の共処置によっても有意に抑制された。S1Pの12-24時間処置によりアストロサイトにおいて産生・遊離される神経栄養因子、サイトカイン類、ケモカイン類についてreal-time RT-PCR法により検討したところ、ケモカインの一種であるCXCL-1のmRNA発現量が有意に増加した。またELISA法により検討したところ、CXCL-1遊離量はS1P処置により増大し、これはPyr-2、Pyr-3の共処置により抑制傾向を示した。以上より、S1PはアストロサイトにおいてTRPCを介したCa2+応答を惹起し、CXCL-1遊離を誘導すると考えられる。詳細な機序については更なる検討を要する。
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