研究課題/領域番号 |
23790313
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研究機関 | 独立行政法人国立長寿医療研究センター |
研究代表者 |
添田 義行 独立行政法人国立長寿医療研究センター, 分子基盤研究部, 研究員 (10553836)
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キーワード | タウ / 凝集 / イソプロテレノール |
研究概要 |
本研究ではアルツハイマー病などの認知症の病態を改善できるタウ標的化合物を探索した。その結果獲得した平成24年度の実績は大きく2つである。 (1)平成23年度の研究において、モノマータウに結合する化合物からタウ凝集およびタウによる毒性を抑制する化合物C10-4 (D/L-イソプロテレノール; ISO)を発見した。しかし、ISOは交感神経作動薬として広く知られており、タウ凝集を標的とした薬剤としては特異性と安全性の面で改善できる可能性がある。そこで、交感神経作用がほぼないD-ISOをISOから単離し、タウ凝集抑制作用を検討した。その結果、D-ISOはin vitroおよびin vivoでタウ凝集を抑制した。また、急性および慢性毒性試験において、D-ISOはISOと比較し、安全性が高いことを確認した。一方、タウによる毒性発現にはタウ過剰リン酸化も関与する。そこで、ISOのタウ毒性抑制作用のメカニズムを検討するため、タウ凝集体が観察されず、タウ過剰リン酸化を介してシナプスロスを誘発する野生型タウ過剰発現マウスにISOの投与実験を行ったが、ISOによる改善効果はなかった。したがって、ISOのタウ毒性抑制作用はタウ凝集抑制作用に起因する可能性が示唆された。 以上より、ISOに加えて、より安全性および特異性の高いD-ISOをタウ凝集抑制剤として同定した。 (2)タウ凝集体にのみ結合できる化合物67個を用いて、in vitroでタウ凝集抑制作用を検討した。その結果、15個の化合物がタウ凝集を抑制した。これらの化合物はモノマータウには結合しないため、そのタウ凝集抑制メカニズムの1つとして、凝集体分解作用が考えられる。 以上の成果を受け、現在、ISOおよびD-ISOを認知症治療薬へ発展させるための臨床試験の準備を進めており、実現すれば、新しい認知症根本治療薬の創出に寄与できる可能性がある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成24年度の研究は「平成23年度研究実施状況報告書の今後の研究の推進方策」に従って遂行した。 (1~3)ISOは交感神経興奮作用があることから、臨床への応用を目指す場合、改善できる余地がある。そこで、交感神経作用がほぼないD-ISOの単離を行い、その後、タウ凝集抑制作用および安全性について検討した。その結果、[1]D-ISOの単離、[2]D-ISOのタウ凝集抑制効果の確立、[3]D-ISOの安全性の確認ができ、ほぼ期待通りの成果をあげた。しかし、タウの毒性に対するD-ISOの抑制作用の検討では期待した成果を得ることはできなかったため、今後は最も強くタウ凝集を抑制できるD-ISO濃度の決定や適切なモデルマウスの決定をした上で、実験を進展させる予定である。 (4)野生型タウ過剰発現マウスを用いて、ISOの効果を検討した結果、ISOのタウ毒性抑制作用はタウ過剰リン酸化ではなく、凝集の抑制に起因することが示唆できた。他方、実験計画に記載した内容の全てを遂行できていないが、得られた実験結果はISOのタウ毒性抑制機構の解明の一助となっており、十分な成果が獲得できたと考えている。 (5)タウ凝集体を分解できる可能性がある化合物を15個発見した。現在までにタウ凝集体に直接作用し、分解を亢進する薬剤は発見されておらず、今回発見した15個の化合物は新しい作用機序の認知症治療薬になりえる可能性がある。今後は他の実験とのバランスを考慮しながら、できる限り速やかに研究を進展させる予定である。 このように、平成24年度の研究で得た成果は「タウ凝集抑制剤の探索」の結果を中心としている。現在、これらの実験結果を元にして、ISOおよびD-ISOを用いた臨床試験の準備といった非常に重要な実験が始まりつつある。したがって、平成25年度についてもタウ凝集抑制剤の探索の研究を中心的に進展させる予定である。
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今後の研究の推進方策 |
本課題の目的(タウの毒性を抑制する化合物の探索)および平成24年度の成果から平成25年度は、「ISOまたはD-ISOのタウ凝集抑制作用」の研究を集中的に行う予定である。具体的には、論文投稿を目標とした実験、および臨床試験に繋がる実験を遂行する。 これまでの結果から、モノマータウに結合するISOはin vitroおよびin vivoにおいてタウ凝集を抑制し、さらにタウの毒性を改善することを報告してきたが、ISOの詳細なタウ凝集抑制機構は不明である。また、その解明によって得られる結果は作成予定の論文に必要不可欠なものであり、「論文の質」を向上できる可能性がある。そこで、ISOのタウに対する結合様式を表面プラズモン共鳴法で検討し、タウ凝集抑制機構の解明に繋げていく。 平成24年度の研究により、D-ISOはin vivoにおいてタウ凝集を抑制すること、および安全性が高いことを見出しているが、タウ凝集を安全に抑制できるD-ISOの上限量は不明である。そこで、様々な濃度のD-ISOを実験動物に投与し、タウ凝集抑制作用および毒性発現の有無を検討する。さらに、タウによる毒性を改善できるかも解析する。 現在、ISOおよびD-ISOはそれぞれアルツハイマー病の臨床試験に向けた準備が進んでいる。その際、倫理的観点から、既存の認知症治療薬をプラセボ群に投与する必要があると考えられている。つまり、ISOやD-ISOの臨床試験での投与は既存の認知症治療薬+ISO(D-ISO)の併用投与となる。しかし、その併用投与によってどのような副作用が誘発されるかは不明である。そこで、臨床試験に先行して動物実験を用いた安全性試験を遂行する。その結果、安全性や効果の点で問題が出た場合は原因の解明を行い、ISO(D-ISO)構造を修飾するなどの対策をとる予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成25年度は、次の4つの計画に従って研究を推進する。 (1)ISOのタウ結合部位の同定;ISOのタウ凝集抑制機構を解明するため、ISOとタウの結合様式を表面プラズモン共鳴法で検討する。まず、ISOが全長タウと結合できるかを再検討する。その後、ISOとの結合に必要なタウの配列を決定するため、配列を一部欠損したタウおよびタウ配列の一部を有するペプチドを用いて結合実験を遂行する。 (2)D-ISOのin vivoにおけるタウ凝集抑制作用の検討;D-ISOは交感神経興奮作用がほぼないため、ISOに比べ、動物への高濃度の投与が可能であると考えられる。そこで、様々な濃度のD-ISOをP301L変異体タウ過剰発現マウスに投与し、タウ凝集抑制作用および安全性を評価する。さらに、P301L変異体タウ過剰発現マウスが示す表現型(神経細胞数の低下等)に対するD-ISOの改善作用を検討する。その後、D-ISOが限定されたモデルマウスでのみタウ凝集抑制効果を示してしまう可能性を除去するため、タウ凝集が脳内で観察される他のタウトランスジェニックマウス(rTg4510マウスおよびP301S変異体タウ過剰発現マウス)におけるD-ISOの効果を検討する。 (3)既存の認知症治療薬とISO(D-ISO)の併用投与による安全性の検討;ラットに既存の認知症治療薬とISO(D-ISO)を併用投与し、毒性(主に循環器系に対する毒性を想定)の有無を生化学的および組織学的手法により解析する。 (4)タウ凝集体を分解する化合物の探索;平成24年度において同定した15個の化合物のタウ凝集分解作用を厳密に実証するため、タウを凝集させた後に15個の化合物をそれぞれ添加し、凝集体が分解するかを検討する。その後、効果のあった化合物をタウが過剰発現する培養神経細胞や動物に処置し、タウ凝集体の分解作用の検討とその作用機序の解明を行う。
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